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睦月のことほぎ


2014うずまき堂年賀状@絵 のコピー.jpg


M女史(うずまき堂)から年賀状が届いた。
小さな手には大ぶりすぎるグラスを持ち頬につけた短髪のMさんは目を閉じている。
横にはうずまき堂のタグが首にかけられたスコッチ・ウイスキーの瓶。


***


ボクは氷を入れたグラスにスコッチ・ウイスキーを指二本分そそいだ。
グラスをふり、たちのぼる酒精のアロマと打ちつける氷の音を楽しんだ。
ウイスキーを口に含みそれからゆっくり飲んだ。
瓶に貼ってあるラベルをみた。

『白き馬のラベルをみながら
鞍のない裸の馬の背をみながら
…モンゴルの草原に思いを馳せている。
チンギスハーンと名を変えた源家の棟梁の弟に思いを馳せる。
彼が竜になって北へ飛んだ伝説が残る竜飛崎…津軽海峡の波飛沫が吹雪のように散る。
モンゴルの緑の草原に白い波飛沫が降る幻をみる』

ウイスキーのアテはレーズンバター・サンド。
六花亭「マルセイバターサンド」
ウイスキーを口に含んで広がるスモーキー・フレイバー
のどに降りたときの強烈なキック
胃袋に落下した焚き木の熱さ。
剛直な快感を繰り返すことは少々骨のおれることだ…
だからボクはレーズンバターサンドで焚き木の熱をさげる。
ぐび・ぐびり・ごくん。さくさく・むにゅ。

そろそろ音が欲しいな…と、ひとりごちる。
曲をかける。

『ヒュルリ ヒュルリララ ついておいでと 啼いてます』
 ヒュルリ ヒュルリララ ききわけのない 女です…』


***


スコッチ・ウイスキー「ホワイトホース」
「白馬亭(White Horse Cellar)」がホワイトホースの由来だ。

この白馬亭はスコティッシュにとっての「自由と独立」の象徴だった。
1707年グレート・ブリテン王国が成立しスコットランドはイングランドに実質併合された。
ロンドンとエジンバラを結ぶ乗り合い馬車の乗降地が白馬亭であり
スコットランド軍が定宿した旅籠が白馬亭であり
スコットランド独立を願う市民が集まり酒を酌み交わした酒亭が白馬亭だった。
白馬亭は「自由と独立」の象徴だった。
なにより…政府が課した重税に反旗を翻し密造酒(スコッチ・ウイスキー)をつくることこそが
反骨のシンボルだった。

大地の麦と泥炭が紡いだスコッチという名の酒精はスコティッシュの「誇り」だ。

1755年イングランドで刊行された「英語辞典」では、カラス麦をこう解説している。
「カラス麦はイングランドでは馬の飼料だが、スコットランドでは人間が食べる」
スコットランドの批評家はこうやりかえした。
「ゆえにイングランドの馬は優秀で、スコットランドでは人間が優れている」
誹りに対して謗りで応じず、諧謔と皮肉で応じた鮮やかな切り返しだね。
諧謔と皮肉が渾然としてるのは彼の地独特のユーモアですかねウイットですかね。
ねえ。どうなんですかね…千駄木の夏目先生。


イングランド人のイアン・フレミングは主人公の諜報員をスコティッシュという設定にした。
彼が好んで飲むのはスコッチではない、ドライ・マティーニだ。
彼が緊迫する諜報活動中にもかかわらずマティーニを飲み
女性とベッドインするのは…イングランド人のスコティッシュへの皮肉だとする説もある。

イギリス(グレート・ブリテン王国)の外貨獲得に寄与する重要な輸出品目が
スコッチ・ウイスキーとともに映画「007シリーズ」であることは
2012年ロンドン・オリンピックの開会式の映像から明らかだ。
イングランド出のクイーンを迎えにやってきたのはスコティッシュのあの諜報員だった。

そしてだ。友好とはいえない間柄にもかかわらず…
スコッチ・ウイスキーを愛して誰憚ることのないのもイングランド人だ。


***


開高健がウイスキーについて語っていた。

『ウイスキーの酔いによってペン先に自分の日常性を超えた思考が宿る…
 ペン先にデーモンが宿るわけや』
『ウイスキーは感性より理性を刺激する。年を取ったら醸造酒…ワインや日本酒のまったり眠くなるような酔いもいいけれども、若い時代はウイスキーの荒々しい酔いがいい。若者は眠り込んだらあかん。
飲んで、酔って、天才になって、日常性を超えた思考を愉しんで、男を磨いてもらいたいもんや』


ここで。オンザロックの三杯目のグラスが空になった。
ある部分は緩みある部分は引き締まった。
直線は曲線へ変化し、時間は螺旋を描き、床は傾き色が転がった。
ああ。
脳に宿ったデーモンが神経細胞の発電装置を操作しているんだ…。
カチカチッ・カチッ…


***


目出鯛1 (1) のコピー.jpg


盛岡八幡宮拝殿脇で張り子の鯛が売っていた。
鯛には「目出鯛」と書かれた御札が貼られ、尻尾にオミクジが入っていた。
一個購入、二百円也。

境内に向かう参道脇にはたくさんの露店が並んでいた。
ウイスキー・ハイボール缶と牛バラ焼き。
真冬の外飲みでも、日中の陽気のなかの昼飲みはそれなりに酔う。
視界に揺れる風景にフィルターがかさなっていくようだ。
ああ。
ジジッ・ジジッ・ジーッ…電流が脳神経を発火させる音が聴こえた。
ダメだダメだ。神社でデーモンはいけない!

ドン。
参道全体が突然暗転した。…大音量で曲が流れてきた。

『 ヒュルリ ヒュルリララ…』


***


M女史からきた年賀状の宛名面には手書きのメッセージがあった。

『今年も疾走を. 冒険を. パルスを。』

これはなんだろう。ユーモアでもエスプリでもなさそうだ。
ねえ。なんなんだろ…マル先生。

「いにしえより伝わりしテンプル騎士団の呪文だ。
 三べん唱えてみよ、さすれば…」
「・・・・・・」
「ぎゃはは。嘘だ」
「・・・・・」
「そこに書いてある言葉は…睦月のことほぎだ」
「言祝ぎ…」
「あるいは…」
「あるいは?」
「うずまき堂のネジ巻き歌だ…」
「・・・・・」



【蛇足】

マルが奇妙な旋律の曲を歌い出した。

『オリーブ畑に朝陽が昇る
 黄色の太陽が葡萄畑を照らす
 赤い夕陽が荒野を染める
 シャラ・ラ・ラ
 黄色の太陽が稲穂の海を黄金に揺らす…
 シャラ・ラ・ラ…』

「その歌はなに?」

「いにしえより伝わる シャラ・ラ・ラ族のネジ巻き歌だ」

「・・・・・」

「地球の自転はゼンマイ仕掛けだろ?
 そのネジを巻くのが シャラ・ラ・ラ族だ…」

「だろ?って…」



U2 「Who’s gonna ride your wild horses」



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