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カウンター・・にて

数日前に新宿ゴールデン街で或るバーの灯が消えた。
バーの名は「酒場G」
半世紀以上も前に”蛙の詩人”が開いた酒場だった。

カウンター席は6席の小さな店。
ここで半世紀以上もママをしていたR子さん。
カウンターの内側に立つ彼女を囲んでカウンター席に馴染客が集った。

この酒場を開いた詩人についてR子さんは言っていた。
「素敵なひとでしたよ・・ダメもいっぱいあるひとだけど、でもだから・・魅力的っだったのね。
周りにも面白い男どもがいっぱいいましてね・・」


***


この酒場Gに40年以上通いつめた書籍装丁家のYさん。

人生の上手のヒト。
ん。上手・・?
器用?違うな。
手際が良い?違うな。
あっぱれ?そうそう、それだ!

いつも楽しそうだし、実際・・「楽しいな」が口癖のYさんだ。

「いいか。酒はどんな酒でも全部美味い!
 これから経験することは全部楽しい!
 世界はステキで満ちている!」

天使が還暦を迎えたような方。
釈迦が修行もしないで解脱したような方。
こう聞いてきそうだ。「解脱って、それ楽しいのか?」

彼は世界に満ちている歓喜と哄笑を楽しんでいた。
3流の大人で1流のオトコ。


***


カウンターの端に座ってiPhoneを右耳にあて笑いながら話してる男。
いつも誰にも穏やかに接する馴染みの客。
あんな笑顔の男が・・
英・米・仏・独・伊・・語のどれもが不如意なあの男がかつて・・
欧州全域で活動したスパイだったら・・?

その想像に・・オレの”不意打ち脳”が勝手に反応した。
映像まで見えてきた。
そのときちらりと思った。
ああ・・あの男は奥州の出身だった・・


カウンターの端で電話をしている男がいた。
ベルリンの壁が崩壊するする前から東京に住みついた某国のスパイだった。
長年にわたる諜報活動や破壊工作に身を投じた者には・・
それ相応の陰影が刻まれるものだが彼の穏やかな顔にはその陰影がない。
今夜も…盗聴防止機能なし・GPS機能オンの普通のiPhoneでノーテンキに通話しているしまつだ。
そして・・任務中でも酔うのだ、しかもしたたかに。
翌朝には前夜の出来事は床が抜け落ちるようにごっそりと記憶から消えていた。
スパイが酒で記憶を失ってどうする!
彼は猜疑心より良心が溢れる3流のスパイだ。
彼は諍いより信頼を大切にする3流のスパイだ。
彼は裏切り方を知らない3流のスパイだ。
一方正体を隠すカバーとして従事しているグラフィック・デザイナー業はセンスも技倆も1流の男だ。
彼のコードネームは"善きサマリア人"
「酒場G」に長閑と白熱、そして安堵を招じ入れた男だ。


***


あと数日で・・この酒場は半世紀以上の歴史を閉じる。

カウンター6席の小さな店にだって・・いやだからこそ思い出はある。
考えてみてほしい。
30を幾つか越してもこの酒場に入れば小僧だ・・
その小僧が30年も通いつめればイヤでも大人になる。
大人なら思い出の1つや2つはあるもんだ。

その酒場が数日後には"店じまい”だった。


R子ママ「君は何を飲んでいるの?」
H「焼酎を涙で割って飲んでる。なんか悲しくて」
R子ママ「うん」
H「・・・」
R子ママ「でもいいわ、もう充分いい男に逢ったから」
H「・・・」
R子ママ「もう脚が悪くなってしまって、恋人が逃げてもあたし追いかけられない」
M「恋人に追いかけてもらえばいいのに」
H「あるいは、R子さんより脚の悪い男を恋人にすればいい」
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                               [コピーライト] M.K.@うずまき堂

オレか?
カウターである客にこう言われたことがある。
「C君ってさあ・・悪いヒトじゃない、どっちかていうと良いヒトだ。
 けどね・・胡散臭いんだよね・・」
せめて・・怪しいにしてもらえませんかねえ、小姐。
この店に集まる客筋によるものか・・客の職業柄か・・
話し上手の聞き上手・・議論・検証・考察好きの争い嫌いの連中がカウンターに集っていた。
その点、オレの話しは縦横無尽で・・いや嘘だ。とりとめがない。
・・でもさ。胡散臭いってさあ!

話し上手・・聞き上手・・かあ。うん。オレには無理だな。

オレの"身勝手脳"がまた・・反応して映像がみえてきた。


新宿ゴールデン街のバー「ガオー」の馴染み客にジョイスさんという
アイルランド生まれの作家がいる。
彼は東京に住んで10年になるがまだ日本語があやしい。
Tさんと一緒に旅行へ行き旅館に泊まったときのことだ。
普段ベッドに寝ているジョイスは布団の寝心地に感動して叫んだ。
「トコジョーズ!」
Tさんは慌てた。
こら。ジョイス、大きな声を出すんじゃない。
誰だ?” 床上手 "なんて変な日本語をコイツに教えたヤツは!


良い塩梅の年増の小姐は断言するように言った。

「C君・・アンタにきまってるでしょうが!
 そんな変な日本語をおしえるのは!」



A Moon Like Gin and Lime

大きな台風が通り過ぎた夜の新宿ゴールデン街。


バー「酒場 G」には客が溢れかえっていた。
わいわい。がやがや。そわそわ。ざわざわ。


夜半にドアを開けて入ってきた客が大きな声で言う。
「今夜の月はスゲーぞお」

1人の客が言った。
「ママ。ジン・ライム!」

店にいた10人の客全員が口々に言った。
「オレも」「ママ、こっちにもジン・ライム」「オレもオレも」

客達は全員ジン・ライムを片手に店の外に出て月を眺めた。

台風が雲を薙ぎ払った空に大きな月が登っていた。

コンパスでシュッと一息に描いたような正確な円の満月だった。
手塚治虫がフリーハンドでくるんっと描いたような柔らかい円の満月だった。
夢二が描いた女の手鏡に映る月のように艶やかだった。

「おお。良い月だ」

新宿ゴールデン街。
ヒトが往来できる限度の幅を確保しただけの道の両側には飲食の店が入れ小細工のように立ち並ぶ。
日本全国どこにでもあるような歓楽街と路地を…それを、エスプレッソ・マシンに入れたように
ギュッと圧縮したことで密度と濃度と体温が上昇した街。
猥雑と喧噪を敷き詰め、情熱と哄笑を解き放った街。
詩と歌が漂う街。
物語のキック・オフを予感させる街。

「おお。良い月だ。たっぷりと大きくて、堂々として貫禄がある。
 そのくせ控えめな感じなのがイイ!」

「立派で・・どこに出しても恥ずかしくない月だ!」

「誰はじることのない月だ!」

倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

青々とした森や山が見えない、夜の新宿ゴールデン街だって…
蒼い月明かりに照らされればうるはしくは映る。
酔った目には。

全員が大きな声で歌い始めた。
歌は・・叫びになった。
吠えてるヤツだっていた。

『Oh 雨上がりの夜空に輝く
 Woo…ジンライムのようなお月様
 こんな夜におまえに乗れないなんて
 こんな夜に発車できななんてぇぇぇ!』

『ガッタ・ガッタ・ガタッ・ガタッ・ガガガッ』

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


RCサクセション「夜の散歩をしないかね」



【蛇足】

大合唱はしばらく続いた。

ミャーン。
どこから出てきたのか。
1匹の猫が僕の足元に頬を擦り付け甘えてきた。
盛岡のマルと同じサバトラだった。
首輪と鈴がついていたから野良猫ではないようだ。

ジンライムをおねだりしてるような態度の猫にむかってボクは言った。

「ジンライムが飲みたい?ダメだよ酒は、君は猫なんだから」

「キミの掌に数滴でいいんだ。ボクにジンライムをくれないか?」

ここにも・・人間の言葉を話す猫がいた。

通りに面した酒場のドアが開いた。
ママらしい年の頃は60代の綺麗なオンナが出てきて大きな声で叫んだ。
「知らない人についてっちゃだめでしょ。
 ほら、戻ってきなさい、キヨシロー!」


【続 蛇足】

新宿ゴールデン街に『酒場 學校』という名のバーがある。
ママのR子さんが1人で切り盛りしてきたお店。

詩人 草野心平さんが新宿御苑前で『バー 學校』という店を開けたのが1960年。
「安保反対 本日開店」という五色刷のビラを配ったらしい。
その店を手伝っていたのがR子さんだった。

草野心平さんが旅立ったあとに新宿ゴールデン街で再開した「學校」。

40年以上通い続けた客もいるらしい。
常連客の年齢構成をみると40、50歳代はハナ垂れ小僧だ。
ボクも当然、ハナ垂れだ。

多士済々とか百家争鳴とかが理解出来なかったら學校に行ってみるがいい。
酒もツマミもありきたりだが、居合わせた客同士の会話が面白かった。
30歳代の前の方にいた頃のボクにとっては・・授業料を払っても聴きたい話だった。
そうなんだ。學校だった。
そんな楽しい學校だって不愉快な思いをしたときもあった。
不愉快な思いをさせたこともあった。
玉石混淆。若かろうが年配だろうが関係ない。
素敵もいればクズもいる。当たり前だ。ココは學校だ。
入学拒否はない。

ボク?
成績も素行も不良のボクは卒業できなかった。

その學校が今月末日で"閉校"となる。

40年以上通い詰めたある常連客は・・11月1日の仕事は休みにしたという。
10月31日・・いやいや11月1日の早朝まで宴は止まないのだろう。

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


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註:本編と蛇足はフィクションです。
続 蛇足は事実を基に構成しました。


タグ:學校

Soul Man

盛岡のR&B好きのあいだではけっこう有名な彼。
アメリカからやってきたソウル・マン。
白髪・白髭に黒眼鏡、上下白のスーツできめた・・レジェンド・オブ・ソウル。

毎週金曜夜の路上ライブ。
アメリカ出身の彼にしては珍しく今夜歌っていたのは日本のソウル・ナンバーだった。
それでも間奏のときには。
いつものように、オーティス・レディングの口調を真似てこう叫んでいた。

"We all love each other, right? ... Let me hear you say YEAH!"
(「愛しあってるかーい?」)

路上で立ち止まって聴いていた30人が一斉に叫んだ。「イエーイ!」


『だれかが僕の邪魔をしても 
 きっと君はいい事おもいつく
 何でもない事で僕を笑わせる
 君が僕を知ってる・・・』


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RCサクセション 「君が僕を知ってる」



"サンキュー・・ベイベー・・・
サンキュー・・モリオカアアア! ドーモ アリガト 感謝しまーす!"

"もう最後の曲になっちゃいました!なっちゃいましたぁぁぁ!
もう1発やるぜえー!
イカしたロックンロールはセツナくてアマいバラードになるんだぜっていうこの曲を!
この曲をみんなにッ!
ザ・クロマニヨンズのこの曲を!「雷雨決行」”

キーボードのイントロが始まった。
それまで手を叩き、靴でアスファルトの道を踏み鳴らしていた連中が静まった。


『合言葉は雷雨決行 
 嵐に船を出す
 引き返す訳にゃいかないぜ 
 夢がオレたちを見張ってる・・』


斉藤和義 「雷雨決行」([コピーライト]ザ・クロマニヨンズ)



最後の曲を歌い終わるとソウル・マンは観衆の拍手にこたえて手を振り、お辞儀をした。
お辞儀から姿勢を戻すとソウル・マンは動かなくなった。
微塵も。
1mmも。

彼はミュージシャンからパフォーマーに戻った。
彼は同じ衣装と扮装のまま動かない。固まった。
作り物の彫像のように固まり、動かないのが
これが・・彼のパフォーマンスなんだ。

彼を叩くと"コンコン"と音がするようだった。


【蛇足】

暴風雨の朝だった。空には雷が断続的に光り空気と地表を震わせていた。
波止場に建つ宿舎には乗組員が全員待機していた。

こんな嵐の海へ出航するわけがない。
天候の激しさとは対照的に乗組員は弛緩していた。
ある者は煙草を吸いながら窓の外の揺れる波を観ていた。
ある者はラジオの天気予報を聞きながらビールを飲んでいた。
トランプに興じるグループもあった。

乗組員A「こんな雷雨なのに船長は出航するって言ったのか?」
B「・・ああ」
A「本当か?」
B「本当さ・・この耳で聞いたんだ」
A「無茶だぜそりゃあ。この嵐の海に船を出して・・どう船を操るっていうんだ?できっこない!」
B「・・・・・」
A「どうして?どうしてそんなことするんだ?なあ、船長は何て言ってるんだ?」
B「オレは・・燃えるんだって・・」
A「・・うん?なんだって?」
B「荒れ狂った波の上で船をねじ伏せるのが船乗りの生き甲斐なんだって言ってさ。
 " 燃えるなあ ”って言って目ぇギラギラさせて海を睨んでるんだ」

『合い言葉は雷雨決行 嵐に舟を出す』宿舎の廊下に船長の歌声が響いた。

A「そんな合い言葉があるかよ?それじゃ命がいくつあったってよ・・」
B「アレは船乗り達の合い言葉なんかじゃねえ。
 あれは・・船長の・・呪文だ」
C「去年の嵐の日には、彼女と喧嘩したあとで・・
 " ああ、むしゃくしゃする!"って言って雷雨の海に船を・・」
A・B「そんなあ!」

廊下から聞こえる船長の歌声が大きくなった。
『合い言葉は むかつく! 嵐に舟を出す』

A・B・C「・・・・・」



ボクが原稿を書いていたMBAのディスプレイをマルが覗きこんで言った。

「どうしてさあ、こんなにイイ曲からこんなくだらないコント劇を思いつくかなあ、オマエは!」



Invisible Person

眠りから覚めた朝のことだった。
マルと一緒にリビングに入った・・ときのことだ。

なんと言ったらいいんだろう?
どう言ったらうまく伝えることができるんだろ?

見たままに言うしかないんだけど。

リビングの・・ソファのところ
ソファの上空?・・だからなんと言っていいのか・・
ソファの座面の上・・背もたれより上の空気中に黒いサングラスが浮いていた。
そしてソファの座面がそこだけ窪んでいた。

奇術か?
でも・・奇術師がいない。

考えられることは1つだった。

マルも同じ考えだったらしい。

「やれやれ」
ため息混じりにボクはマルに言った。

「透明人間か・・」

「・・透明なキリン男かも?」

意を決して、空中に浮いたサングラスの辺りに向かって言った

「・・君は?」

低い中年男の声が返ってきた。

「あのな。オレが誰だってさ、そんなことはいいだろ。
 オレを見ろ!オレがまともに見えるか?
 まともに見えないヤツに素性を聞いてどうする?」

マルはじっと虚空をみつめて言った

「まともに見えるかどうかが判断できない。オマエは見えない」

「ハハッ。猫のほうが冷静じゃないか」

「・・・・・」


「そんなことよりな。
 そこの棚にな、映画のDVDやBlu-rayがたくさんあるじゃないか。
 けどな洋画ばっかだ。もっと邦画も観ろ、邦画を」

「もっと言ってやってくれ。
 コイツはバカだからさ。頭が硬いからさ。
 海外作品が邦画より上等だと思っている。
 古い映画が名画だと洗脳されている。
 しかも映画は役者じゃなくて監督がつくるもんだと思ってる」

「ギャハハッ。オマエは面白い猫だな。
 ホントに猫か?
 怪しいなあ。こんな猫みたことないぞ、オレ」

「そっちはもっと妖しい。オレは透明人間を初めて見たぞ」

「おい。そんなことはどうでもイイんだよ」

「・・・・・」

「ええと。オレはさ、寒いから服をな、着るよ」

「えっ・・じゃあ今は?」

「あのな。よく見ろ。
 空中にサングラスが浮いてる状態なんだよ。
 じゃあ、透明人間はどうなってる?全裸に決まってるだろうが」

「ええー、全裸なの・・」

「・・・ああ」

「あっ、それじゃパンツも穿かないでボクのソファに座ってるのかよぉ」

「そんな小さいこと気にすんな。
 ちなみにオレのは大きい。ガハハハッ!」

「笑えないよ・・」


***


「おい。オレはな。
 服着るからさ、その間に、ほら、酒。酒ぇ準備しろ。
 それとこの部屋は禁煙か?だろ?
 オレは気にしないから・・吸う。灰皿がわりの空き缶だせ」

横柄な透明人間だった。
口調も乱暴だった。
声は低くどすが効いていた。
しかし。
口調は乱暴だが・・どうも憎めない口調だった。
話し始めに必ず「おい」、「あのな」、「ええと」を入れる独特の間合い。
そして低音だが軽妙な抑揚と音階が変化する個性的な声。
憎めないどころか・・油断すると引き込まれそうな声と口調だった。


透明人間は床に置いてあった鞄から服を出した。
次に鞄から出したのは化粧道具の入った木の箱。
歌舞伎役者が楽屋で使うような化粧箱にみえた。
刷毛が白いドーランをすくい取った。
空中に浮遊した刷毛が顔に・・顔と思われる部分に・・白粉を塗った。

顔が現れた。
四角い顔だ。顎が張っている。頬に肉がついている。
額の眉の部分がやや突出していた。
唇は上が薄く下が厚かった。
40~50代のどこかの・・男の顔だった
男の・・そう、ゴツゴツした男の顔だった。

目に黒のカラーコンタクトをつけた。
目はおちつきなく動いた。栗鼠のように。
ゴツゴツした顔に嵌めこまれた優しい目だった。

「どうだ、化粧がうまいだろ?オレな、役者なんだ」

次に空中に浮遊した刷毛が白粉を塗っていくと・・
首・胸・腕・手・足首・足が順をおって現れた。
腹部・股間・大腿・下腿に白粉を塗らないのは服を着るからだろう。
白い顔の男はニヤリと笑うと、右手に持った刷毛を股間へ・・

「そこは塗らなくていい。そこは現すな!」マルは慌てて言った。

男はグレーのジャージー生地のパンツを穿きパーカーを羽織った。
フィラデルフィアの人気者の老ボクサーのような格好になった。

最後に髪にも白粉を塗ると、ボサボサ髪が現れた。
鼻の下と顎には短い髭がみてとれた。
石膏像のようになった男は最後に・・
レイバンの大きな黒サングラスをかけた。

エッ・・ある男に似ていた・・瓜二つだ・・いや本人なんじゃないか?
役者って言ってたよな?
でも・・まさか!
低くくぐもった声にも聞き覚えがあった・・
でも・・そんな!


***


「おい。グラスとウイスキー・・それと、氷。
 それとな。オイル・サーディンの缶詰出せ。
 見たんだよ、さっき。冷蔵庫の中を。お前らが寝てるとき。
 缶詰の蓋を開けたらな、缶のまま火にかけろ。弱火だぞ!
 油がグツグツいいだしたらすぐ火を止めろ。
 でな。火を止めると同時に醤油をほんの数滴、黒胡椒を少々。
 最後に浅葱。細かく刻んでさ、上にな、かけろ」

横柄が加速していった。

ボクはテーブルの上をかたづけ、ウイスキーとグラスを置いた。
マルは調理を開始した。

マルはテーブルの上にオイル・サーディンを置いた。
マルはそのほかに2品をつくった。
料理好きの猫のプライドだ。
マルはベアレンビール・アルトを飲みながら楽しそうに調理していた。
男はロックでフォア・ローゼズを飲んでいた。
ボクはマルが作ってくれたギムレットを飲んでいた。

男が言った。
「ギムレットを飲むには少し早すぎるだろ」

「・・・・?」

マルが白い皿をテーブルに置きながら言った。
「まだ始まったばかりなのに・・" ロング・グッドバイ "はないだろ?
 " さよならを言うのは少しだけ死ぬこと " だぜ」

「ギャハハッ。
 生意気な猫だ。
 チャンドラーを読むんだな、オマエは」

白い皿の上には、一口大に切ったの秋田の燻りがっこが沢山のっていた。
燻りがっこには切れ目を入れ、スプーンですくったウオッシュチーズが挟んであった。
オイルサーディンもチーズを挟んだ燻りがっこもウイスキーに良く合った。

次に出したのは白いスープカップ3つに入ったアヒージョだった。
ホタテ・グリーンアスパラ・セロリ・マッシュルーム・エリンギ・プチトマトが入っていた。
クレイジーソルトを入れたのと、熱いプチトマトの甘味と酸味の印象が鮮烈なので、まるで白ワインをオリーブオイルに変えたアクアパッツアのようだった。

氷で冷えたウイスキーとグラス。
冷えた唇に熱々のアヒージョが心地良かった。

「ええと。マル・・オマエは偉いな、それと美味い。
 猫舌のオマエが熱々の料理をだした。感動した。
 感動したからもっと飲む」

「・・・・・」

「よし。歌うぞ!
 知ってるか。酔う・歌う・踊る。
 この3つを守ってればな。人間はなんとかなる」

「ならねーよ」酔いで目が少し充血したマルは反論した。

「よし。歌う。演奏はいらない、アカペラだ。
 コーラスは許可する。絡みたければ絡め」


『ひとり飲む酒 悲しくて 映るグラスは ブルースの色
 たとえばトム・ウェイツなんて 聞きたい夜は 横浜ホンキートンク・ブルース
 中上健次なんかにかぶれちゃってさ
 フローズンダイキリなんかに 酔いしれた
 あんた知らない そんな女 横浜ホンキートンク・ブルース・・・・・・』


間違いなかった。瓜二つなんかじゃない。本人だった。


***


「ヨシオさん!」

「初対面なのに馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」

「ハラダさん・・」

「あのな・・この曲を聴いてさ・・今さ。
 どーせ、来てくれるならユーサクがよかったのにって・・思ったろ?」

「そんなー」

「あのな。ユーサクの相手はお前らじゃ無理だ。
 理由は言わないけどな、無理だ。ガハハハッ」


楽しい時間が流れていった。

「あのな。自分の思いつきなんてたかが知れてるんだ。
 それよりな。
 誰かと出くわして、出会い頭でぶつかった瞬間に思いもよらないモノが 
 ポンと出てくるんだよ」

「自分自身の細胞が反応して気づいたらな
 いいか。
 役柄の自分が勝手に動くんだ」

「遊び道具としての自分の肉体はどんどん衰えていく。
 その衰えを時には笑いながら、見届けながら楽しむんだ」

男は独白のように語り続けた。
彼独特の抑揚とリズムでの語りは「芝居」のようだった。


***


「オマエの好きな役者は?」

「原田芳雄・・さん」と、マル。

「ふんっ。そっちは?」

「ダニエル・デイ・ルイス」

「うん。ヤツは良い。
 PTAが監督した石油採掘者の映画が良かったな」

「PTAって?」

「ポール・トーマス・アンダーソン」

「マルはちゃんと知ってるじゃないか」

「・・・・・・」

「PTAの、" ザ・マスター " は観たか?」

マルと一緒に釘付けになって観た映画だ。

「凄かったろ?素晴らしい映画じゃない、スゲー映画だ。
 PTAは物語の流れよりも役者をカメラで追った。
 物語の展開よりも役者の演技を撮り続けた。
 憑かれたように演じるホアキン・フェニックスと
 フィリップ・シーモア・ホフマンのやりあいをフィルムに焼き付けた。
 そりゃあスゲー映画ができるさ」

「・・・・・」

「観てるこっちが怖くなるような2人の演技だったろ。
 いいか。
 " 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなんだ!"」

「また、フィリップ・マーロウじゃないか・・」


***


「マル、おまえは料理が上手くて、チャンドラーを読む猫なんだな」

「そんなに単純な存在じゃないけどな・・」

「ギャハハッ」

「スタインベックもアップダイクも読むぞ」

「誰だそれ・・?」

「マルタ騎士団ゆかりの彫刻の鷹みたいなものだ。
 " 夢が詰まってるのさ "」

「おっ。ハメットならオレも読むぞ」

「・・・・・」

「おい。そっちの人間。
 映画もいいけど、本も読め!」


***


「うん。良い酒だった。料理も美味かった。
 話も面白かった。
 あっ、話はオレの話が面白かったんだけどな」

「・・・・・」

「生意気な猫も面白かったしな。
 よし。それじゃな。〆とするか。
 帰るぞ、オレは」

男は服を脱ぎ、白い化粧をクレンジングで落として透明になった。
最後にサングラスを外した。

「ヨシオさん・・」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。
マルは言葉を発せず、甘えるような拗ねるような声で鳴いた。

空中に声だけ響いた。
「芝居が終われば、役者は化粧を落とす。
 じゃあな。
 また・・来てもいいか?」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。

「じゃ。行くわ。さらばだ」


***


「どうしてさ、ヨシオさん・・来てくれたんだろ?」

マルは欠伸をしながら言った。

「酒を飲んで話したかっただけじゃないか?」


どこからかヨシオさんの声が降ってきた。


松田優作さんの葬儀でヨシオさんが語った弔辞だった。

「お前は今まで、テレビドラマや映画の中で何度も死んでは何度も生き返ってきた。
 それは優作、お前が役者だからだ。
 役者だったら、もう一回、生き返ってみろ!」



原田芳雄 「横浜ホンキー・トンク・ブルース」



【蛇足】

「あれかな・・よくさ、役者魂とかいうだろ。
 それで魂がさ・・透明人間になって・・」

マルはあきれたような目でボクをみて言った。

「あのなあ、本気で言ってるのか?」

「どういうことだよ?」

「分かってないなあ、オマエは」

「・・・・・」

「もともとな。
 役者ってのはな・・死なねーんだよ!」


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「誰も寝てはならぬ」屋主人より
本文中の透明人間男の科白内に、原田芳雄氏の演技に関するインタビュー記事を脚色し埋め込みました。
その他の内容は映画についての記述を含め全て創作です。
氏の発言ではありません。
氏を愛するファンの方々が不快にならなければ・・と、気を揉んでいます。
私も勿論、氏の大ファンです。


Time Thief

BSで放映されたプログラム「オシムの言葉」を観た
イビチャ・オシム氏へのインタビューで構成された"世界のサッカー分析"だった


冒頭のインタビューはこの質問から始まった

「あなたにとってサッカーとは?」

「時間泥棒だね。
 人生の全てをサッカーに使ってしまったよ。
 1度この仕事をやったらサッカーなしで生きられないんだ。
 サッカー界では今なにが起きているか全てを知っておかなければならい。
 サッカーのあらゆる情報を集めている」


***


昼なのに薄暗い部屋だった
窓を閉め切っていたからだ
板張りの床に板張りの壁
天井は薄暗くてよく見えない
部屋の空気は乾いていた

部屋の隅にオトコが1人立っていた
35才くらいか・・?
短く刈り揃えた黒い髪
黒縁メガネに黒い瞳
紅い唇は左端が少しつり上がっていた
この口から出てくる言葉は80%が皮肉なんだとでもいうように
上は白の半袖Tシャツに下は黒のデニム
白の半袖Tシャツから伸びた左前腕には「Chronus」と蒼いタトゥーがあった
妙な訛りを含んだ日本語を話したが・・どの地方のものか判然としなかった

オトコはボクに向かって歩を進めると
話し始めた

この界隈じゃあ、オレは「time thief(時間泥棒)」って呼ばれてるんだ
まあ、みんなはオレのこと、略して「T.T.」って呼ぶんだけどな

業界には秒針さえ盗めやしないのに・・時間泥棒だなんて名乗ってるヤツもいる
だけどオレは違う
長針・短針・秒針どころか・・文字盤さえ盗んでみせる
ソイツの時間を・・ごっそり根こそぎ盗んでみせる

いいか驚くなよ
オマエの時間は消え失せる

「オマエの腕時計は今何時だ?」

「午後3時だ・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だな」


***


コトの始まりは3日前のことだ
酒場のカウンターで1人アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいた
流れていたのはハード・バップ期のジャズだ
クリフォード・ブラウンのトランペットとソニー・ロリンズのサックスに
マックス・ローチのドラムが重なった"うねり"が心地良かった

ドラムに合わせて両手の人差し指でカウンター・テーブルを叩いていると
初老の太った男が話しかけてきた

白髪に黒縁眼鏡
白髭を鼻の下と顎にたくわえていた
白の上下のスーツに黒のボウタイ
ケンタッキー産のバーボン・ウイスキーを飲んでいた

「なあキミ、酒場に"鶏の唐揚げ"がないなんて、けしからんじゃないか、なあ?」

「・・・・・?」

「ところで。
 君は僕が話してる間も・・指でカウンターを叩いてるね」

「失礼。気に障るならやめるけど・・」

「・・ビートが好きか?」

男は言った
ビートが好きなら・・或る男のハイハットを体験してみろ!
打楽器はハイハットだけだ
金属と金属、金属と木が衝突する音・・ビートだけだ
その衝突音には飾りがない、リズムはけっして歌わない

ビートなんだ

男は最後にこう言った
「君の持ち時間がね・・少々目減りすることになるんだけどね」

「持ち時間・・?」


***


オトコが壁の電源スイッチを押すと
天上から吊された裸電球に灯りがともった

裸電球の下には・・ハイハット
2枚のシンバルは田園の稲穂のように黄金色の光りを跳ね返していた

腕は2本のスティックを操作しアップダウン奏法でビートを刻む
足でペダル操作し2枚のシンバルでリズムを刻む
4ビート・8ビート・16ビート・32ビート
アップビート・ダウンビート・バックビート・シンコペーション…etc.
あとは・・なにがなにやら・・

乾いた空気に金属の音が響いた

どしゃ降りの雨に見舞われたアスファルトが弾き出す音のようなビート・・
たくさんの子供たちが階段を駈け降りてくる足音のようなビート・・
熱いフライパンのオリーブオイルの中で踊るタマネギの音のようなビート・・
梢を渡る風の音のようなビート・・

ビートは周囲の空気に絡まりうねりになった
ビートは裸電球の光に揺れ溶けていった

風が吹いた
僕の髪が揺れた

窓を閉め切った部屋に風が吹いたんだ・・たしかに


***


演奏が終わるとオトコはボクに言った

「腕時計を見てみろ」

「エッ・・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だろ?」

「どういうことなんだ・・だってキミはたっぷり1時間くらいは演奏したろ?」

「・・オマエの時間を盗んだんだ」

「流れてるはずの時間を盗んだ?
 でもボクはキミの演奏の間に流れる時間を実感したんだ」

「時間は空間に流れてたんじゃない。
 オマエの心のなかに流れてたんだ。
 オレの生み出すビートに身を委ねたオマエの心に」

「・・・・・」

「時間泥棒は時間を盗むんじゃない・・オレが盗むのは・・心だ」


また風が吹いた

閉めきった部屋で空気が動かないはずなのに

時間泥棒が盗んだ"時"の狭間に空気が流れ込み・・
風が吹いた

風はビートの余韻をまとい・・ビートの余韻が風に揺れた


***

外に出てどこをどう歩いたのか・・どれ位の時間を歩いたのか記憶になかった

いつのまにかいつもの通りにでていつもの酒場に入った
TVの画面にはサッカーの試合が映っていた
『バルセロナ vs バレンシア』

バルサの6番・8番・10番が・・
カンプ・ノウの時間泥棒が・・風のようにピッチを流れていった

オシムが言っていたが・・バルサの展開の速いパス・サッカーをスペインでは
「ティキタカ」というらしい
ティキタカは・・英語で ticktack

チクタク・チクタク・・バルサはパスを回しボールは風になる
チクタク・チクタク・・観衆は時間と心を奪われる


フローズン・ダイキリを一息に飲み干した
涼風が身体のなかを吹き抜けた

ふいに笑いがこみあげた
ハハッ

アイツは時間泥棒なんかじゃなかった
アイツはビート・マニアなんだ
アイツはビートに・・時間と心を奪われたオトコなんだ

アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいると・・
入り口のドアが開いた
白髪・白髭・白スーツの・・あの初老の太った男だった

やれやれ

今日は右手にKFCの箱を持っていた

ジョン・コルトレーン『A Love Supreme』に店主の苦笑いが重なった


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【蛇足】

帰宅しリビングに入ると・・マルがTVでDVDを観ていた

『ルパン三世 カリオストロの城』
ラストシーンの映像がながれていた

銭形警部「くそー、一足遅かったかぁ!ルパンめ、まんまと盗みおって。」

クラリス「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。私のために戦ってくれたので
     す。」

銭形警部「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

クラリス「・・・?」

銭形警部「・・あなたの心です。」

クラリス「・・・はい!」


ボクのほうへ振り返ったマルは
クラリスの世話役のお爺さんの声を真似て言った

「なんと気持ちのいい連中だろう」


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閑話

ボクの家には地下室がないしカーヴ(ワイン蔵)もない・・勿論

だからマルは・・ワイン蔵に住みつく鼠を見張ってる猫じゃない

マルが見張ってるものがあるとしたら・・それは?


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今回は・・閑話休題の前の閑話

つまり・・余談・余話

それじゃ次は・・本題に入るのかな?



Where is Merry ?

「メリーはどこに行ったんだ?」

客もまばらな店でグラスを拭いていたYにオレは聞いた

Y's Bar
メリーが毎晩カウンターでダイキリを飲んでいた店だ

メリーは3ヶ月前にYの店に現れた
メリーが1週間もYの店に顔を出さないのは初めてのことだった


彼女のことは多くを知らない
どこから来たのか?
年齢は?
仕事は?
住んでいるところは?
オレは知らない

オレが知ってるのは・・

髪の色
瞳の色
歩くと揺れる黒い髪
前髪をかきあげる仕草
笑ったときの目尻の小皺
すねたときの頬のふくらみ
足を組んだときのふくらはぎのライン

そして・・あの声
酔うと歌う・・あの声
しゃがれてるのに・・どこまでも伸びる高音
床を這う低音
自在に変化するメロディとリズム
ブルースじゃない・・ファドでもない・・メリーの歌だ

そして・・あの声
酔うと話す・・あの物語

彼女が行った国で見聞きした話だという
どうせ作り話だろうが・・物語としての出来は良かった
なにより声と訛りと言葉のリズムに引き込まれた

ラピュタという天空の島
多くの兵士が隠れた巨大な木馬
鯨の腹の中で恩人と再開した木の人形
風車に戦いを挑み突進していった騎士
ピサの斜塔から重い球と軽い玉を落とした科学者
ブルネットの髪をブロンドに染めたノーマ・ジーン
天国への扉を叩いたロバート・ジマーマン
そして・・苺畑で遊ぶ少年


Yが語り始めた
メリーが世界中を旅しているのは・・
歌と・・物語を拾い集める旅なんだ

苺畑で遊んでいた英国生まれの少年は・・1980年12月8日
40才のときに・・NYCから忽然と姿を消した
メリーは噂を聞いた
男は・・この町にいる
男は・・画家となってこの町にいると
だから・・メリーはこの町に来た
その男の・・歌と物語を聞くためにだ


メリーはもう・・この町を去り旅の起点の地に戻ったのだという
彼女がいくら探しても・・男は見つからなかったからだ


「メリーの旅の起点・・それはどこなんだ?」

「ここからは遠い・・もう忘れるんだな彼女のことは」

「いいかY、オマエの無駄口は聞きたくない
 オレがオマエに聞いたのは・・メリーはどこか・・だ」

「グアヤキル・・南米エクアドル最大の都市だ」

「・・・・・」

「知ってるか? スペイン語で赤道はEcuadorだ
 エクアドルは、この国を通る赤道が国名になったんだ
 赤道は自転のおかげで地上で1番速く動いている土地だ
 だからロケットの打ち上げに向いている・・燃料が節約できるからな」

「それがどうした・・?」

「彼女は赤道を起点に移動する女だ・・そしてグルグルと世界中を回る」

「・・・・・」


Yの話は続いた

エクアドルに行くのは止めろ・・彼女とは会えない
彼女がこの町に来たのは・・あの男を探すためだ
彼女がオマエに近づいたのは・・オマエが歌も物語も持たない不思議な男だったからだ

いくらオマエがメリーに近づいたって無駄さ
彼女はオマエから離れて距離をとる・・もうオマエには近づかない
そして・・
彼女はオマエの周りをグルグルと回るだけだ・・
そして・・オマエはそれを見ているだけだ
まるで回転木馬に乗ってグルグル回っいる彼女を見るように

オマエは彼女に触れることはできない
彼女と同じ馬には乗れないんだ・・


オレはYの話を遮り・・ヤツの鼻先に右手の人差指を突き出した

「いいかY、オレが聞いてるのは彼女がどこにいるか・・だけだ
 オレが彼女を見つけた後に・・
 どうなるかなんていうオマエの意見は必要ない」


オレは決めた
事務所の机にはパスポートが入ってる

探偵稼業のオレにとっちゃ初めての国なんて1杯目の酒みたいなもんだ
飲まなきゃ・・何も始まらない

" 探偵は職業じゃない・・生き方なんだ "
そう、これがオレの生き方なんだ

オレは決めた・・彼女を探す
オレは決めた・・彼女をみつける
音楽と物語を探し・・世界中をグルグル回っているメリーを!


彼女が笑いながら囁く声が聞こえたような気がした・・

「 わたしは・・Merry-Go-Round 」



その時だ
カウターの端から男が席を立つ音が聞こえた

「そこに置いてあるギターをくれ・・今夜はオレが歌う」

カウターの端でアイリッシュ・ウイスキーを飲んでいた男
男はアコースティック・ギターを弾いて歌い出した

『ダーリン、お願いだダーリン、ボクのそばにいてくれ・・』

70才過ぎかと見える痩せて・・眼鏡をかけた男だ

名前は確か・・「オノ」だった


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山下達郎 「メリー・ゴー・ラウンド」



【蛇足】

マルはMacの前に座ると・・
ボクと共有しているDropboxフォルダから原稿ファイルを開いて校正を始めた。

「ふーん。今回はこういう展開ね・・いいんじゃないこれで」

「・・・・・・」

「よし。遊園地に連れっててくれ・・オレもグルグル回りたいんだ」

「無理だ・・ペットは入場禁止だ」

「オレはペットじゃない・・オレはオマエに付随した存在じゃない。
 オレは自立した存在だ。
 オレには自我がある・・アイデンティティーも確立している独立した存在だ」

「・・・・・」

「思想信条的には・・右でも左でもない・・中道でもない・・
 かといってアナーキストでもない・・
 どこにも属さない独立した猫なんだ」

「だったら・・自分だけで行ってくればいいだろ」

「オレだけじゃ・・入場券を売ってくれない」


A Towel

'13-09-01 15:30
ヘアサロンにいた

大きな鏡の前に座って髪をカットしてもらっていた

気になる時間がそろそろ始まる

カットが終わった

いつも担当してくれるスタイリストの男は
軽快なリズムで・・ボクの髪をロッドに巻き付けていった

気になる時間がそろそろ始まる
少しの憂鬱

1本のタオルが・・ボクの頭に巻かれる
これから髪にかけるパーマ液が・・顔に流れないようにせき止める
土嚢・防波堤・・の役目のタオルだ

ヒモ状に丸めたタオルを後頭部から巻き付け
タオルの両端を額のところで輪ゴムで結ぶ

魚屋のオジサンのねじりはちまきとはちょっと違う雰囲気

いつものことだ・・

ボクはそんなに多くの店に入ったことはないが・・必ずタオルを巻かれる
盛岡中でみられる光景だ
多分
もしかすると全国的にみられる光景かもしれない
メイビー

輪ゴムで結ばれたタオルの両端は・・額の前に突き出される

長い太巻き寿司のようなタオル・・じゃない
神社のしめ縄の両端をそろえたよう・・とも違う

八百屋のオジサンのねじりはちまきとは違うモード


店内には軽快なジャズが流れていた


ボクの憂鬱が幕を開けた

店内に流れるジャズから・・音楽が変わらないかとビクビクした
もし流れる音楽が変化したら・・ボクはどう対応したらいいんだ?

あの南の島の音楽
北に住むボクでも身体の中心から細胞が揺れ・跳ね・わきたつ音楽
「レ」と「ラ」を抜いた「「ドミファソシド」の独特の音階
四拍子に二拍子や三拍子が入る独特の変拍子


輪ゴムで結ばれたタオルの両端は・・額の前に突き出されている


ボクは毎回パーマ液をかける前に巻かれたタオルを見ると・・
額の前に突き出されたタオルの両端を見ると・・
沖縄民謡・・エイサーを・・太鼓を叩きながら踊る男性の・・
頭に巻かれた布の独特の形を連想してしまう


「イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!」
大音量の掛け声とともに沖縄民謡の演奏が始まった・・ら、どうする?

ボクは踊らなきゃいけないんだろうか?
無理だ!
ボクにはできない

ボクは・・鏡に写るタオルを巻かれた顔から目を逸らした
いつもの・・ボクの憂鬱
タオルを巻かれて目が吊り上がった顔が恥ずかしい


みんなはどうしてる?
誰も踊ってなんかいなかった

誰かが・・タオルを頭に巻いたボクを見て笑ってないか?
誰もボクなんかみていない
みんな鏡の中の自分だけを見ていた

まるで・・これが大事なルールなんだ・・とでもいうように
鏡の中の自分だけを見ていた

ヘアサロンのルール No.1
「鏡の中の自分だけを見ているんだ
 よそ見してたら・・ロッドに隠れている悪戯好きの妖精が
 髪に変なウェーブをつけちゃうからね・・クルクルクルリン・・」
受付カウンターの上にはルール・ブックが置いてある・・かも

「大海を割りエジプトを脱出し・・
 このヘアサロンに集いし者たちよ
 汝、鏡の中の自分以外を見ることなかれ」
戒めが刻まれた石板が店の倉庫に保管されている・・かも

ルールを守らず・・戒めを破り・・
鏡の中の自分から目を逸らしてるのは・・ボクだけだ
プロバブリー


突然だった
店内に迫力のある打楽器と弦楽器の音が鳴り響いた
Hi-Fiだ・・
いや原音だ・・
そうライブ演奏だ・・

甲高いの指笛の響きと同時に大きな声が聴こえた
「イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!」

そんなー・・無理だって・・オレは踊れないって・・

「イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!」


過ぎゆく夏の背に声をかけるように・・

イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!
イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!
イーヤーサーサー! ハイヤー! サーサー!


Summer is gone

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上々颱風 「銀の琴の糸のように」



【蛇足】

クルマから降りて運転席のドアを閉め
ウインドウに写る自分を見た
brand -new hair 
フフッ

玄関を開けると聞き慣れない音楽が聴こえてきた

リビングに入ると・・マルが踊っていた
ボクサーのようなトランクスを履き
左右の後ろ足には・・足首から足甲を覆うサポーターをつけていた

後ろ足で立ち・・前足を上下させ・・身体をくねらせて踊るマル
ムエタイの選手が試合前に踊る「ワイクルー」だった

マルは頭にタオルを巻いていた
輪ゴムで結ばれた・・タオルの両端が突き出ていた
タオルの両端は額の前じゃなく・・頭の後ろで結ばれていた


All You Need Is Love

愛がすべてさ・・
やっぱ愛がなくちゃね・・
All you need is love, all you need is love


「こらっ・・西郷さん・・あんたの座右はなんだ?敬天愛人だろ・・違うか?
だったらもっと長州に歩み寄ったらどうなんだ。
桂さん・・どうしてそう・・ひがむんだ?薩摩はもっと謝れってなんだ?
西郷さんはこれだけ頭を下げてるじゃないか・・もう勘弁してやれ。
ほら・・西郷さん、桂さん、右手を出して握り合うんだ・・早くっ・・
なにじっとしてるんだ、握ったら手を上下に振るんだってば・・
どうだ?気持ち良かろう・・西洋のシェークハンズは!
ほら2人とも歌えっ・・ほれ歌えっ!
ラーブ・ラーブ・ラーブ・・・ラーブ・ラーブ・ラーブ・・・」



Facebookに友達リクエストが届いた
名前を見てもピンとこない
ボクの知り合いにこんな名前のヤツがいるか・・知らない

友リク送信者の「基本データ」を見た

坂本 竜馬
生年月日;天保6年(1836年)11月15日
出身地;土佐  文久2年脱藩
職歴と学歴;文久3年 神戸海軍操練所  慶応元年 亀山社中  慶応2年 海援隊
恋愛対象;女性


TL(タイムライン)をみた・・
奇妙な内容の投稿
そして・・最後には曲のリンクを貼りつけていた
その男の投稿には・・
たくさんの「いいね!」と夥しい「コメント」が寄せられていた



慶応3年(1867年)6月9日

『夕顔丸に乗船中。ちょっと思案中のことあり。
うーん、困ったもんだ。みんなのための新しい国の形とはなんだ?
困った時はどうする?相談する・・そう、話し合えばいいんだよ。
1. 上下両院議会開設 
それからどうする・・よし・・2.憲法制定 3.不平等条約改正 ・・・
7.陸・海軍創設  8.通貨・外国為替制定
うん、この「八策」でなんとかなるだろ・・ならなけりゃ?
もう一つ加えてみるか・・・
9.ラブ

古いものには良いものがたくさんある、そして愛着もある。
だけど変わらなきゃならないものだってあるんだ。
身の丈に合わなくなった服は脱がなきゃならない、たとえ想い出のある服でもだ。
米国将軍ワシントンは世襲ではなく・・皆の要望と選挙でたちあがったんだ。
英国の謡曲集団ビートルは、古い慣習を捨て斬新なコード進行の曲で世界中から愛されたんだ・・』

Link;The Beatles " All you need is love "
君に必要なのはすべて愛なんだ・・愛が君に必要なすべてなんだ・・



慶応3年10月15日 

『大樹が大政を帝に還し奉ってくれた・・
これで・・この国にこれ以上の血を流さないですむ・・いや俺が流させん。
徳川慶喜様・・あんたは大政を投げ出したんじゃない。俺は分かってる。
この国には血を流していがみ合ってる暇はもうないんだ』

Link;The Beatles " Hey Jude " 
ヘイ、落ち込むなよ・・全てを一人で背負い込むことはない・・
ダー・ダー・ダ・ダ・ダ・ダ・ダー・・・



慶応3年11月15日

『こんな冷え込む夜は軍鶏鍋にするか・・今夜は久方ぶりに・・中岡もくることだしな・・・・・』

Link;The Beatles " Golden Slumbers "
かつてそこには故郷へと続く道があった
おやすみ・・愛おしい人、泣かなくたっていいさ
黄金のまどろみが君の瞳を満たし 微笑みが君の目を覚ます
おやすみ・・愛おしい人、泣かなくたっていいさ・・・



明治3年(1870年)11月15日

『おりょう・・と申します。
あれから三年がたちました。ここに少しばかり書かせて頂きます。 
無学な女が書く文章ですので、皆様のお目を汚しやしないかと案じております。
 
将軍慶喜公が大政を帝に還し奉ったあの日・・・
江戸の勝様からフェースブックにメッセージが届きました。
「とうとうやりやがったな竜馬。
気をつけろ竜馬・・武力倒幕で大政を奪取しようと目論んでた連中はいきりたっ 
てる。それだけじゃねえ、佐幕派はお前が徳川家を廃したって頭に血が昇ってる。
くれぐれも御身大事にしろよ、竜の字」

あの人はわたしに言いました。

勝先生もお年を召したか弱気でいかん
いいか、おりょう・・俺は強いぞ
 
俺はこの国を守りたいんだ。
守らなきゃいけないという使命じゃない、大事なのは・・守るという意志なんだ
そして・・守るのは理想なんかじゃない、現実なんだ
英語でいうところの・・リアルだ

失うわけにいかないのは・・過去や伝統じゃない、未来なんだ
そうだ・・リアルな未来なんだ
 
俺が守りたいのは藩でも日本でもない
国という名の「人々」だ
リアルな人、人、人だ

土佐で俺を心配してる兄だ、姉だ、友だ
そして・・おりょう、おまえだ
町を歩けば声をかけてくれるおじちゃんだ
野菜を買えばちょいと安くまけてくれるおばちゃんだ
そんなリアルな人たちの、リアルな未来を作りたいんだ
 
U2のボノも歌ってるだろ・・愛という名のもとに・・
俺が守りたいのは・・愛という名の「人々」なんだ
 
この世はごちゃごちゃいろいろ、とにかくたくさんたくさんたくさん・・

町にでてみろ・・誰一人同じ顔の人間なんかいない
薩摩に行ってみろ・・長州とは異なる思いをもってる人間だらけだ
伊達や南部に行ってみろ・・江戸とは違う暮らしがある
 
知りたいなら会いに行けばいい
分からないなら話してみればいい
 
横浜村に行ってみろ・・異人さんがたくさん歩いている
海をひょいと渡ってきた連中は、俺たちとは髪の色も、目の色も、皮膚の色も違う
世界はごちゃごちゃいろいろ、とにかくたくさんたくさんたくさん・・

いいか・・英語では多様性をバラエティーと言う

知りたいなら会いに行けばいい
分からないなら話してみればいい

世界はバラエティーなんだ
この国だがけ好きでも周りほっといてくれない、世界はバラエティーなんだから
世界はバラエティーに満ちてるんだ
世界はバラエティーでできてるんだ

世界は一つなんかじゃない、バラエティーなんだ
だから世界は・・こんなに面白いんだ
世界は一つなんかじゃない、バラエティーなんだ
だから世界は・・こんなに愛おしいんだ

いいか、俺は決めたんだ・・世界中を全部・・どれもこれも全部愛してやるって

おりょう・・心配するな、俺は強いから・・誰にもまけない
 
俺は・・
目を閉じていない
耳をふさいでいない
自分の足で立っている
掌にはたくさんの人に触れた記憶が残っている
両腕には力がみなぎっている
そして・・この世界を・・バラエティーを愛してるんだ
 
いいか、おりょう・・これがどういうことか分かるか?

俺が・・手ごわいヤツってことだ!

藩だ・?幕府だ・?尊皇攘夷だ・?佐幕だ・?武士だ・?公家だ・?
そんな分かりやすい問題解決に逃げ込もうとしてる連中に俺が負けるかッ!
ザマーミロ・・世界はもっと複雑なんだ・・バラエティーなんだ!


ああ・・今思い出してもカッコよかったなあ・・

もう戻っちゃこないんだけどね・・』

Link;The Beatles " Get Back "



TLの投稿はこれが最後だった

1枚の猫の写真が添えてあった
寒がりの坂本竜馬が着物の懐に入れ暖をとっていたという
京の大路で着物の襟をはだけて顔を出した猫を多くの人が目撃していた
猫の名は「まる」

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【蛇足】

マルがボクを呼んでいた

「ここに座れ・・あぐらじゃないッ正座だ・・手をついて謝れ」

「・・・・・」

「So-net ブログの皆さんに謝れ。
こんなに史実を歪曲するとはどういうことだっ!
つい先日・・夏だから怪談を書きたい・・なんて言ってたと思ったら・・
あのなぁ・・生存してない人間の話を書けば怪談じゃないんだからな!」

「・・・・・・」

「ほらっ!もっと頭を低くして謝るんだ・・
坂本竜馬ファン、歴史愛好家の方々に謝るんだ。
史実は曲げるは、昨日撮ったオレの写真を歴史資料だと騙るは・・このバカたれが!」

「・・・・・」

マルの口調がふいに変わった

「なあ、みんな。この一件、オイラの顔に免じて勘弁してやってくれねえか。
もっと下げろというなら、この老いぼれ勝麟太郎の頭ぁなんべんでも下げる。
こいつぁ馬鹿だ、平気で嘘もつく、だけどなぁ・・こいつが選んだ曲はぁ本物だ。
どうだい一つ、この曲をみんなで聞いてみてやってくれろ。
あの男が・・どこまでも・・まっつぐ生きた土佐の男が・・大好きだった曲だ。
ええじゃないかええじゃないかと囃し立てたって何も変わらねえって言って、野郎が好きで歌ってた曲
だ・・ほーら、ほんとに良い曲じゃねえか・・
だけどよぉ・・ラブってのは・・なんなんだい?
文政生まれのオイラにゃ今ひとつピンとこない。
竜の字はほんとうにラブが分かってたのかどうか・・
野郎はよく・・先生、こいつぁ方便だって・・けろっとした顔で笑ってた奴だったから・・」


The Beatles 「 All you need is love 」




a period

金曜日の真夜中だった

雨が降ってきた

はじめは、路上でダンサーがタップを刻むような雨音だった

それが突然

せき止めていたダムの放流のような・・空からの放流のような雨になった

空の水道局が水圧を上げて・・雨の蛇口をめいっぱいに開けたんだ

「うるさくて眠れないから雨の蛇口を閉めてくれ」


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こここまで・・

テキストエディタで文章を書きながら・・思った

いつものことだが今回もブログの文章には句点がない

句読点が苦手だからだ

ボクだって仕事で作成する文章には句読点を使ってる

コトの善し悪しは別にして・・履行しなきゃならないルールや大人の事情があるとすれば
「文章には句読点を使う」 これも大人の事情なのだろう

文意を過不足なく相手に伝えるために読点を意図的・効率的に打つ
ひとかたまりの文意が終了するときには文末に句点を打ち終了を告げる

うーん・・これが苦手だ
特に句点が


・・じゃなかったのか。 疑問形の文末に句点を打つと重くなる

・・青い。形容詞に句点を加えると風合いが損なわれる感じ

・・な真実。 もともとが偉そうな感じの体言止めなのに・・句点を打ったらなおさら偉そうだ

句点を打つと・・断言してるっていうか・・威張ってるように感じる

ハイこの件は終了・・だから終了なんだって・・断言するよ・・終了だよ句点を打ったんだから
そりゃ他にも意見はあるだろうさ、ただ効率的に文意を終えるには・・ここで句点なんだ
ハイハイ次の案件に移るよ
だからさ・・その案件はもう終わったんだ・・句点を打ったんだから


句点自身は威張ってるわけじゃないだろう・・つきあってみると意外に気さくなヤツかもしれない

句点に・・
言っておかなくちゃ
ボクは君が嫌いなんじゃない・・全然嫌いなんかじゃないんだ
ちょっと苦手なだけだ

道で会っても挨拶以外はかわさない知人のような存在なんだ


ボクが。思考を。展開す。る。。リズム。が。句点の。挿入で。で。で。。。

『なんだコレ・・?』

不必。。要な。句点。。が。画。面。に。。
出て。。。く。る。。の。は。。。どう。し。。て。なん。だ。だ。だ。。。?

ボクは思った
文字をタイプせずに心の中で・・こう思った

『この文章を書いてるテキストエディタ内のプログラムのどこかに・・
「句点の蛇口」があって・・その蛇口を句点のヤツがめいっぱい開けて
 それで・・大量の句点が蛇口から流れてきて溢れたんだ・・』
。。。
。。。。。。
。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「メーデー・メーデー・・大変だ・・助けて。。。。。。く。。れ。。。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


テキスト・エディタの画面は句点で溢れた

句点に溺れないよう高速でタイプした・・そして多めに句点を打った

「ボクは君を嫌ってなんかいない。ちょっと苦手なだけだ。それだけだ。」

数秒後に・・句点の豪雨はやんだ


ボクがキーボードをタイプしていないのに・・・・・
画面に文字が表示された

「句点」がタイプした文だった

君は。句点、は使わないけど、・・・や…は好んで使う。のに。フンッ。だ。

句点のヤツは・・ふんだんに句点を盛り込んできた
句点の配置はデタラメだった

まるで・・味の組み合わせを無視して盛り込んだ海鮮丼のように


【蛇足】

午後の陽差しのなかでマルは・・

草野心平の詩集を床に広げて読んでいた

マルがボクを見ながら・・右前足で詩集のページを叩いていた


マルが叩いていたページには「冬眠」という詩があった

奇妙な詩だった

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ボクはマルに聞いた

「コレは詩?」

「無論・・詩人が詩集で発表してるんだぞ」

「・・・・・」

「オマエはこの黒い丸は何だと思う?」


ボクは思いついた順に・・頭に浮かんだイメージを言った

「ホクロ」

「世界に通じる覗き穴」

「虫眼鏡を通過して紙面に残った太陽のエネルギー」

「スイッチ・・紙面の●を押せっ・・今すぐって詩人は叫んでる」

「万年筆のペン先で詩人が紙面に打ち付けたビートの跡・・」

「・・黒い・・句点・・えっ?」


ボクはあることに思い至った

「なあマル・・この詩にはさ・・句読点を打つことができないな?」

「この詩人も・・句読点が苦手だったとか?」

「大きな句点1個を・・しかも内部を黒く塗りつぶしてるから・・内部には」

「何も足せない・・」

「黒い句点1個で・・詩は始まり詩は結ばれている・・始まりと終わりを表す黒い句点」

「・・冬眠の始まりと終わりは眠ってる時間の中では同一だ・・区別がつかない」

「始まりであり終わりである・・終わりであり始まりである・・」


それ以上はお互いに何も話さなかった


しばらくして・・ボクはマルに聞いた

「詩が・・好きなのか?」

「無論」

「誰の詩が?」

「ランボー、ヴァレリー、萩原朔太郎、佐藤春夫、金子光晴・・・・・」

「どれも知らないよ・・」

「それじゃ、オマエの好きな詩人は・・いったい誰なんだ?」

「ジョン・レノンだろ・・ボブ・ディラン・・うーんと・・レオン・ラッセルと・・ボノ・・
 それから・・忌野清志郎と桜井和寿かな・・」

「素晴らしい・・彼らの作品は・・オレのココに届く詩だ」
マルは右前足で拳をつくると・・左胸をトントンと叩いた

ボクは続けた

「女流詩人なら・・中島みゆきと荒井由実かな・・」

「素晴らしい・・それと・・」

「それと・・誰?」

「吉田美和」


日はとっぷりと暮れ部屋も暗くなったので明かりをつけた

マルが右前足を挙げて・・上を見ろとしぐさでうながした

天井に嵌めこまれた丸い窓は・・黒い句点だった

真っ黒で何も見えないが・・疑いなくそれは空と星を望む句点だった


Leon Russell 「 Tight Rope 」




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