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Invisible Person

眠りから覚めた朝のことだった。
マルと一緒にリビングに入った・・ときのことだ。

なんと言ったらいいんだろう?
どう言ったらうまく伝えることができるんだろ?

見たままに言うしかないんだけど。

リビングの・・ソファのところ
ソファの上空?・・だからなんと言っていいのか・・
ソファの座面の上・・背もたれより上の空気中に黒いサングラスが浮いていた。
そしてソファの座面がそこだけ窪んでいた。

奇術か?
でも・・奇術師がいない。

考えられることは1つだった。

マルも同じ考えだったらしい。

「やれやれ」
ため息混じりにボクはマルに言った。

「透明人間か・・」

「・・透明なキリン男かも?」

意を決して、空中に浮いたサングラスの辺りに向かって言った

「・・君は?」

低い中年男の声が返ってきた。

「あのな。オレが誰だってさ、そんなことはいいだろ。
 オレを見ろ!オレがまともに見えるか?
 まともに見えないヤツに素性を聞いてどうする?」

マルはじっと虚空をみつめて言った

「まともに見えるかどうかが判断できない。オマエは見えない」

「ハハッ。猫のほうが冷静じゃないか」

「・・・・・」


「そんなことよりな。
 そこの棚にな、映画のDVDやBlu-rayがたくさんあるじゃないか。
 けどな洋画ばっかだ。もっと邦画も観ろ、邦画を」

「もっと言ってやってくれ。
 コイツはバカだからさ。頭が硬いからさ。
 海外作品が邦画より上等だと思っている。
 古い映画が名画だと洗脳されている。
 しかも映画は役者じゃなくて監督がつくるもんだと思ってる」

「ギャハハッ。オマエは面白い猫だな。
 ホントに猫か?
 怪しいなあ。こんな猫みたことないぞ、オレ」

「そっちはもっと妖しい。オレは透明人間を初めて見たぞ」

「おい。そんなことはどうでもイイんだよ」

「・・・・・」

「ええと。オレはさ、寒いから服をな、着るよ」

「えっ・・じゃあ今は?」

「あのな。よく見ろ。
 空中にサングラスが浮いてる状態なんだよ。
 じゃあ、透明人間はどうなってる?全裸に決まってるだろうが」

「ええー、全裸なの・・」

「・・・ああ」

「あっ、それじゃパンツも穿かないでボクのソファに座ってるのかよぉ」

「そんな小さいこと気にすんな。
 ちなみにオレのは大きい。ガハハハッ!」

「笑えないよ・・」


***


「おい。オレはな。
 服着るからさ、その間に、ほら、酒。酒ぇ準備しろ。
 それとこの部屋は禁煙か?だろ?
 オレは気にしないから・・吸う。灰皿がわりの空き缶だせ」

横柄な透明人間だった。
口調も乱暴だった。
声は低くどすが効いていた。
しかし。
口調は乱暴だが・・どうも憎めない口調だった。
話し始めに必ず「おい」、「あのな」、「ええと」を入れる独特の間合い。
そして低音だが軽妙な抑揚と音階が変化する個性的な声。
憎めないどころか・・油断すると引き込まれそうな声と口調だった。


透明人間は床に置いてあった鞄から服を出した。
次に鞄から出したのは化粧道具の入った木の箱。
歌舞伎役者が楽屋で使うような化粧箱にみえた。
刷毛が白いドーランをすくい取った。
空中に浮遊した刷毛が顔に・・顔と思われる部分に・・白粉を塗った。

顔が現れた。
四角い顔だ。顎が張っている。頬に肉がついている。
額の眉の部分がやや突出していた。
唇は上が薄く下が厚かった。
40~50代のどこかの・・男の顔だった
男の・・そう、ゴツゴツした男の顔だった。

目に黒のカラーコンタクトをつけた。
目はおちつきなく動いた。栗鼠のように。
ゴツゴツした顔に嵌めこまれた優しい目だった。

「どうだ、化粧がうまいだろ?オレな、役者なんだ」

次に空中に浮遊した刷毛が白粉を塗っていくと・・
首・胸・腕・手・足首・足が順をおって現れた。
腹部・股間・大腿・下腿に白粉を塗らないのは服を着るからだろう。
白い顔の男はニヤリと笑うと、右手に持った刷毛を股間へ・・

「そこは塗らなくていい。そこは現すな!」マルは慌てて言った。

男はグレーのジャージー生地のパンツを穿きパーカーを羽織った。
フィラデルフィアの人気者の老ボクサーのような格好になった。

最後に髪にも白粉を塗ると、ボサボサ髪が現れた。
鼻の下と顎には短い髭がみてとれた。
石膏像のようになった男は最後に・・
レイバンの大きな黒サングラスをかけた。

エッ・・ある男に似ていた・・瓜二つだ・・いや本人なんじゃないか?
役者って言ってたよな?
でも・・まさか!
低くくぐもった声にも聞き覚えがあった・・
でも・・そんな!


***


「おい。グラスとウイスキー・・それと、氷。
 それとな。オイル・サーディンの缶詰出せ。
 見たんだよ、さっき。冷蔵庫の中を。お前らが寝てるとき。
 缶詰の蓋を開けたらな、缶のまま火にかけろ。弱火だぞ!
 油がグツグツいいだしたらすぐ火を止めろ。
 でな。火を止めると同時に醤油をほんの数滴、黒胡椒を少々。
 最後に浅葱。細かく刻んでさ、上にな、かけろ」

横柄が加速していった。

ボクはテーブルの上をかたづけ、ウイスキーとグラスを置いた。
マルは調理を開始した。

マルはテーブルの上にオイル・サーディンを置いた。
マルはそのほかに2品をつくった。
料理好きの猫のプライドだ。
マルはベアレンビール・アルトを飲みながら楽しそうに調理していた。
男はロックでフォア・ローゼズを飲んでいた。
ボクはマルが作ってくれたギムレットを飲んでいた。

男が言った。
「ギムレットを飲むには少し早すぎるだろ」

「・・・・?」

マルが白い皿をテーブルに置きながら言った。
「まだ始まったばかりなのに・・" ロング・グッドバイ "はないだろ?
 " さよならを言うのは少しだけ死ぬこと " だぜ」

「ギャハハッ。
 生意気な猫だ。
 チャンドラーを読むんだな、オマエは」

白い皿の上には、一口大に切ったの秋田の燻りがっこが沢山のっていた。
燻りがっこには切れ目を入れ、スプーンですくったウオッシュチーズが挟んであった。
オイルサーディンもチーズを挟んだ燻りがっこもウイスキーに良く合った。

次に出したのは白いスープカップ3つに入ったアヒージョだった。
ホタテ・グリーンアスパラ・セロリ・マッシュルーム・エリンギ・プチトマトが入っていた。
クレイジーソルトを入れたのと、熱いプチトマトの甘味と酸味の印象が鮮烈なので、まるで白ワインをオリーブオイルに変えたアクアパッツアのようだった。

氷で冷えたウイスキーとグラス。
冷えた唇に熱々のアヒージョが心地良かった。

「ええと。マル・・オマエは偉いな、それと美味い。
 猫舌のオマエが熱々の料理をだした。感動した。
 感動したからもっと飲む」

「・・・・・」

「よし。歌うぞ!
 知ってるか。酔う・歌う・踊る。
 この3つを守ってればな。人間はなんとかなる」

「ならねーよ」酔いで目が少し充血したマルは反論した。

「よし。歌う。演奏はいらない、アカペラだ。
 コーラスは許可する。絡みたければ絡め」


『ひとり飲む酒 悲しくて 映るグラスは ブルースの色
 たとえばトム・ウェイツなんて 聞きたい夜は 横浜ホンキートンク・ブルース
 中上健次なんかにかぶれちゃってさ
 フローズンダイキリなんかに 酔いしれた
 あんた知らない そんな女 横浜ホンキートンク・ブルース・・・・・・』


間違いなかった。瓜二つなんかじゃない。本人だった。


***


「ヨシオさん!」

「初対面なのに馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」

「ハラダさん・・」

「あのな・・この曲を聴いてさ・・今さ。
 どーせ、来てくれるならユーサクがよかったのにって・・思ったろ?」

「そんなー」

「あのな。ユーサクの相手はお前らじゃ無理だ。
 理由は言わないけどな、無理だ。ガハハハッ」


楽しい時間が流れていった。

「あのな。自分の思いつきなんてたかが知れてるんだ。
 それよりな。
 誰かと出くわして、出会い頭でぶつかった瞬間に思いもよらないモノが 
 ポンと出てくるんだよ」

「自分自身の細胞が反応して気づいたらな
 いいか。
 役柄の自分が勝手に動くんだ」

「遊び道具としての自分の肉体はどんどん衰えていく。
 その衰えを時には笑いながら、見届けながら楽しむんだ」

男は独白のように語り続けた。
彼独特の抑揚とリズムでの語りは「芝居」のようだった。


***


「オマエの好きな役者は?」

「原田芳雄・・さん」と、マル。

「ふんっ。そっちは?」

「ダニエル・デイ・ルイス」

「うん。ヤツは良い。
 PTAが監督した石油採掘者の映画が良かったな」

「PTAって?」

「ポール・トーマス・アンダーソン」

「マルはちゃんと知ってるじゃないか」

「・・・・・・」

「PTAの、" ザ・マスター " は観たか?」

マルと一緒に釘付けになって観た映画だ。

「凄かったろ?素晴らしい映画じゃない、スゲー映画だ。
 PTAは物語の流れよりも役者をカメラで追った。
 物語の展開よりも役者の演技を撮り続けた。
 憑かれたように演じるホアキン・フェニックスと
 フィリップ・シーモア・ホフマンのやりあいをフィルムに焼き付けた。
 そりゃあスゲー映画ができるさ」

「・・・・・」

「観てるこっちが怖くなるような2人の演技だったろ。
 いいか。
 " 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなんだ!"」

「また、フィリップ・マーロウじゃないか・・」


***


「マル、おまえは料理が上手くて、チャンドラーを読む猫なんだな」

「そんなに単純な存在じゃないけどな・・」

「ギャハハッ」

「スタインベックもアップダイクも読むぞ」

「誰だそれ・・?」

「マルタ騎士団ゆかりの彫刻の鷹みたいなものだ。
 " 夢が詰まってるのさ "」

「おっ。ハメットならオレも読むぞ」

「・・・・・」

「おい。そっちの人間。
 映画もいいけど、本も読め!」


***


「うん。良い酒だった。料理も美味かった。
 話も面白かった。
 あっ、話はオレの話が面白かったんだけどな」

「・・・・・」

「生意気な猫も面白かったしな。
 よし。それじゃな。〆とするか。
 帰るぞ、オレは」

男は服を脱ぎ、白い化粧をクレンジングで落として透明になった。
最後にサングラスを外した。

「ヨシオさん・・」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。
マルは言葉を発せず、甘えるような拗ねるような声で鳴いた。

空中に声だけ響いた。
「芝居が終われば、役者は化粧を落とす。
 じゃあな。
 また・・来てもいいか?」

ニャァーン・・ウウウ・・ミャウゥゥ。

「じゃ。行くわ。さらばだ」


***


「どうしてさ、ヨシオさん・・来てくれたんだろ?」

マルは欠伸をしながら言った。

「酒を飲んで話したかっただけじゃないか?」


どこからかヨシオさんの声が降ってきた。


松田優作さんの葬儀でヨシオさんが語った弔辞だった。

「お前は今まで、テレビドラマや映画の中で何度も死んでは何度も生き返ってきた。
 それは優作、お前が役者だからだ。
 役者だったら、もう一回、生き返ってみろ!」



原田芳雄 「横浜ホンキー・トンク・ブルース」



【蛇足】

「あれかな・・よくさ、役者魂とかいうだろ。
 それで魂がさ・・透明人間になって・・」

マルはあきれたような目でボクをみて言った。

「あのなあ、本気で言ってるのか?」

「どういうことだよ?」

「分かってないなあ、オマエは」

「・・・・・」

「もともとな。
 役者ってのはな・・死なねーんだよ!」


ツィゴイネルワイゼン のコピー.jpg


ツゴイネルワイゼン のコピー.jpg



「誰も寝てはならぬ」屋主人より
本文中の透明人間男の科白内に、原田芳雄氏の演技に関するインタビュー記事を脚色し埋め込みました。
その他の内容は映画についての記述を含め全て創作です。
氏の発言ではありません。
氏を愛するファンの方々が不快にならなければ・・と、気を揉んでいます。
私も勿論、氏の大ファンです。


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コメント 11

DON

サングラスだけが浮いていたら
間違いなく逃げます(笑

by DON (2013-10-14 18:09) 

浅葱

30年前のことです。
四ツ谷3丁目の丸正で
立ち読みしている汚い格好のおじさんがいました。
「うわ、ガラ悪っ」と思って避けようとして良く見たら
原田芳雄さんでした。
もちろん、そっとその場を立ち去りました。
丸正は今も同じ場所にあります。
by 浅葱 (2013-10-14 19:21) 

johncomeback

独特の存在感を持つ役者は少なくなりましたね、
スマートな役者ばかり増えているような・・・
by johncomeback (2013-10-14 20:00) 

hatumi30331

透明人間・・・・
一度はなってみたいと思う事あるんとちゃうかな?
私も・・・あるよ。^^

原田芳雄さんの弔辞今でも覚えてる。
今頃二人で・・・お酒飲んでるかな?^^
by hatumi30331 (2013-10-14 20:17) 

ケロヨン

自分の中では好きすぎてずっと「ヨシオ」呼ばわりしてました(笑)
あ~ヨシオに叱られたい♪
今の俳優さんはキレイすぎていけません。
もっと泥臭くなって欲しいな~。
レイモンドチャンドラー、すっかり記憶の底に沈んでました。
探偵フィリップ・マーロウいましたね~。
懐かしい(^^

by ケロヨン (2013-10-14 21:56) 

ねこじたん

まるさん 優秀ですね
いいないいな〜
透明人間 どっかで会ってたらおもしろいな〜
by ねこじたん (2013-10-15 12:38) 

yuzuhane

言葉芝居、一幕終わって拍手!!です。素敵がちりばめられた映像をドキドキしながら見た気分です。マルちゃんは・・・持ってますね。
by yuzuhane (2013-10-16 23:18) 

reorio

何も無い所で躓いた時は、
透明人間に足引っ掛けられたと思う事にしてます
決して足腰が弱っているわけでは無いのです((-ω-。≡。-ω-))
by reorio (2013-10-17 01:15) 

cafelamama

「横浜ホンキートンクブルース」を唄う
エディ蕃も、原田芳雄も、松田優作も、みんな素敵ですね。
by cafelamama (2013-10-17 20:28) 

C_BoY

DON さん
逃げますよね(^^;)

浅葱 さん
盛岡の映画祭に来ていた原田芳雄さんを路上で見ました。意外なほど身長が低くて、ああスクリーンで映える凄い役者なんだなあって感心したのを憶えてます。

johncomeback さん
そうですね。アジがあってクセのある役者が少なくなってきたかと。
昔は「性格俳優」なんて言葉があって、そういう役者がキチンとファンからもリスペクトされてましたもんね。

hatumi30331 さん
透明人間になって…周囲の自分への評価を確認する…自分の欠席裁判を傍聴するって…とても怖くてできません(T_T)

ケロヨン さん
「この人、普段はちゃんと普通の生活できてるのかな?」って心配になるくらいの役者さんが昔は多かったですよね。たまに…ごくたまにですけど…問題起こしたりして「あっ。やっぱ普通の人間じゃなかったの?」っていう役者さんもいたけど(^^;)
原田芳雄さん、ホンットーにカッコイイですよね。シビレまくりです(^^)

ねこじたん さん
透明人間に会ったら面白いけど…透明だとむこうから声をかけてくれないと気づかないですよね(^^;)

yuzuhane さん
科白劇の体裁を採用したので…科白の言葉遣いでハラダヨシオさんの粗野だけど憎めないあの演技中の雰囲気をどうしたら表現できるか悩みましたので…拍手を頂いて嬉しいです。

reorio さん
そうです、そうです。一般にはよく知られてないけど…透明人間はそのへんにゴロゴロいるんです。だから躓いても足腰は…関係ありません(^^;)

cafelamana さん
そうですね。みんな持ち味だしてイイ感じですね。中でも原田芳雄さんのがなんか、一人芝居のような歌で特に好きです。cafelamana さんのブログタイトルと同じ曲をこんなストーリーに使ったことを恐縮しています。




by C_BoY (2013-10-19 10:19) 

engrid

繰り返して、よみました
チャンドラーは、本棚に並んで読み返し
読むたびに深くなるかな
原田芳雄氏は、、亡くなられたことが残念なばかり
最後の一枚の、素敵さ!
by engrid (2013-10-21 18:34) 

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