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プロローグ


冷蔵庫を開けた男が舌打ちした。

「なんだ。ビールとチーズしか入ってないじゃないか」

男は仲間からイヌと呼ばれていた。
いつもの白い麻のスーツを着ていた。
33歳。ケミカルの専門家だ。
合法および非合法薬物、洗剤から火薬に至るまで精通していた。
あらゆる化学物質を駆使した工作を得意とする男だ。
製薬会社ラボ研究者から花火師へ転職したのは仮の姿だ。


「冷蔵庫に入れるモンでビールとチーズ以外の何があるんだよ!」

イヌに毒づいた赤ら顔の男はサルと呼ばれていた。
コンプレッション・ウエアの下で筋肉が波打っていた。
35歳。格闘術の専門家だ。
人体のあらゆる骨格構造に精通していた。
人間の関節に触れ、たちどころに「骨抜き」にしてしまう技術をもっていた。
ジムのフィジカル・トレーナーは仮の姿だ。


「うるせーよ、2人とも。ボク音楽を聴いてんだからさ」

短い髪を7色に染め分け、虹色テキスタイルのワンピースを着た女はキジ。
30歳。情報操作の専門家だ。
通信傍受からハッキング…2進法世界を自在に操るサイバー・クイーンだ。
MacBookのリターン・キーを叩くと画面に…サルのEメール、携帯・LINE・Skype通話履歴、
クレジットカード決済履歴、パスモ使用履歴、FaceBookログイン情報が流れてきた。
Webプログラマは仮の姿だ。


サルが喚いた。

「なあ。この女に言ってくれよ。身内の情報を探るんじゃねえって。
 なにニヤニヤ笑ってんんだよ!」

サルが話しかけたこの部屋の主はモモと呼ばれていた。
白いTシャツに青のデニムを穿いた、ひときわ大柄な男だ。
38歳。口角を挙げにやついていたが一重の目だけが笑っていなかった。
右手でビール瓶をもち、喉の奥でククッと笑った。
チームリーダーでプランナー。
専門も仮の姿もあったもんじゃない。
生粋のペルソナ・ノン・グラータだ。


***


築30年の古びたマンションの8階にあるモモの部屋。

モモに促され3人がテーブを囲み席についた。
先に口を開いたのはサルだ。

「今回のネタはなんだ?」

「・・・・・・」
モモはすぐに返事をせずビールを喉に流し込んでいた。

「ネタもそうだが…クライアントはどうなってる?」

「・・・・・」

「この前のようなふざけたクライアントだったらオレはのらない。
 それになんだったんだ、この前の作戦は。
 おかげでどれだけひでぇ目にあったんだよ」

「そうだな。モモの持ってくるミッションは少々リスクが高いな…」

「どんな作戦にもリスクはつきものだ。
 イエニスタから前線のメッシへのパスがいつも通るとは限らない」

「ふふっ」

「キジ、笑ってるんじゃねえ。
 あのな。あんなのはリスクとは言わねえんだ。
 無茶なだけだ!」

「オレが危険球を投げたってのか?」

「確かに。打者の胸もとに投げたカーブも曲がらなければ死球になるな」

「イヌ、お前までのん気なこと言ってんじゃねえ」

「カーブの投げすぎで肘を痛めた。
 最近はもっぱらナック・ルボールさ」

「はあ?
 余計たちが悪いだろうよ」

「ふふっ。ボクはモモが立案する作戦は好きだけどな、ワクワクする」

「いいかキジ。ワクワクってのはな、命をかけてやるもんじゃねえんだ」

「おいサル。オレがいつそんな無茶な作戦をデザインした?」

「よく聞けモモ。
 あんたのトランプにはジョーカーが何枚入っるんだ?
 ジョーカーってのはな1枚しか使えねえもんなんだ。
 ジョーカー頼みの作戦なんてな…そんなもん作戦とは言わねえんだ」
 
「3枚」

「ん?」

「オレはお前ら3人がジョーカーだと考えて作戦をデザインしてるけどな」

「ボクはクイーンがいい」

「オレは…坊主(芒)に月が好みだな」

「お前ら。ふざけるな」

サルは大きな音をたてビール瓶をテーブルに置いた。
「いいかげんにしろ。お前ら忘れたのか?
 前回の報酬はどこからオレの口座に振り込まれたんだ?
 ベトナムの架空口座からだ」

「洗濯機から出てきたきれいな金ばっかりじゃないってことだ」

「あのな。報酬に足跡のついた金を使うクライアントなんてクソだ!」

「だから、報酬が相場の3倍だったんだ…」

「だからって汚れた金の洗浄にオレの口座を使うってのはあんまりだろ」

「チームの中で足のついてない架空口座を持ってたのはな…
 お前だけだったんだ」

「新しい口座をつくればいいだろ!」

「時間がなかった。
 ヤツら仕事が終了した時点で言ってきたんだ。
 ギャラが相場の3倍のからくりを。にやにやしながらな」

「明らかな契約違反だ。どうして撥ねつけねえんだ?」

「あのな。1メートルの至近距離で35口径と対面してみろ。
 クソ生意気なガキだって教師の説教をおとなしく聞くだろ」

「ボクがあのあとサイバー・カジノをつかって綺麗に洗ってあげたじゃん」

「サルは清潔好きの潔癖症だからなあ」

「そういう問題じゃねえ」


***


医療大麻(マリファナ)はアメリカ、カナダ、イスラエル、イギリス、ベルギー、オーストリア、
スペイン、フィンランドで合法化されている。
大麻の成分カンナビノイド、THC(テトラヒドロカンナビノール)は
疼痛の軽減、不安や抑うつの緩和に効果がある。
医療大麻は主に慢性疼痛治療目的に乾燥大麻をパイプで喫煙する方法がとられる。
現在では合成カンナビノイドや合成THCも各国で処方されている。

アメリカでは医療大麻が17州で合法化されたばかりか、嗜好大麻も2州で合法化されている。
2014年1月コロラド州で嗜好品として合法大麻が販売された。
その価格は思いのほか高かった。
コロラド州のマリファナ愛好家はこうSNSに投稿した。
「こんなに値段が高いなら合法化なんてクソくらえ!」
それに対し他州の愛好家からはこんなSNS投稿があった。
「僕の住むシカゴでは、その値段で僕らが買えるのはギャングが売る限られた品種だけ。
 同じ金額で豊富な品揃えの安全で高品質なマリファナを選べるのなら、
 僕は喜んでコロラドの雪の中で並ぶよ!」

州の管理下で生産された大麻は医療大麻への割当が殆どで、嗜好大麻への割り当ては少量だった。
それが販売価格高騰の原因だった。


***


モモは腕組みをといて煙草を吸い始めた。
太く長い煙を吐き出すと話し始めた。

「いいか。将来、合法の嗜好大麻が大量生産され安価で市場に流れれば
 非合法大麻は大打撃だ。品質と安全性では太刀打ちできないからだ」

「非合法組織は少し慌ててるってわけか…」

「連中の栽培や運搬方法を考えりゃ安全性はかなわないもんね」

「しかも合法大麻は高品質…連中のより上物ってわけか、ククッ」

「新興マリファナのブランディングが品質管理と安全性ってのが笑えるな…」

モモはニヤリと笑って話を継いだ。
「そうしたらだ。予想外のヤツが登場した。
 誰も名前を知らないルーキーがとんでもない飛距離のホームランを打っちまったんだ」

「ん…?」

「どんな業界だってな。国や組織の管理から離れたところで、
 ブレイク・スルーを起こすヤツが出てくるもんさ」

「はあ…?」

「いいか。高品質つまり、カンナビノイドとTHCの含有量が多くてしかも安全な大麻を
 安価に大量に栽培する方法が発明されたらどうする?
 非合法どころか合法だって打撃を受ける」

マリファナに目がないキジが身を乗り出した。
「そんなのがほんとにあるの?」

「価格は知らない。ただし出来はとびっきりだ…そうだ」

化学薬品の情報に目がないサルが聞いてきた。
「それは自然栽培か?それとも化学合成薬か?」

「香りは間違いなく天然物だってことだ」

「香りは?」

モモは瓶に残ったビールを飲み干した。
西日の差す部屋の空調の温度を下げると話を再開した。
「3ヶ月前だ。新宿のはずれの酒場で深夜ぼや騒ぎがあった。
 厨房から火が出て店は半焼した。従業員と客には怪我はなかったがな」

「・・・・・・」

「店内から逃げる客の中に…ドレッド・ヘアの男がいた。
 風体は妖しいが、れっきとした香道の宗匠だ。
 男は香りの聞き分け(嗅ぎ分け)のプロフェッショナルだ。
 男は見逃さなかった。
 55歳のその男は香木を焚く香りを愛する一方、
 30年来のマリファナ愛煙家でテイスターだった」

「・・・・・」

「その火事で客が持ち込んだ鞄の中にあった乾燥大麻も燃えた。
 そのほかにも店内のありとあらゆる物が燃えてるっていうのに。
 その煙の中で…男は香りを嗅ぎ分けた。
 マリファナが燃えている香りを火事の煙のなかから嗅ぎ分けた。
 この香りは!
 中央アジア産じゃない、メキシコ産でもコロンビア産でもない。」

「火事の煙のなかで…マリファナの香りが嗅ぎ分けられるものなのか!」

「今と同じ質問をされたとき、その男はこう答えたそうだ。
 “嗅ぎ分けられるに決まってる。あれはとびっきりの上物だ。
 このオレだってあんな凄いヤツは生まれて初めてだ “」

「・・・・・」

「世界中のマリファナ煙を完璧に嗅ぎ分けられるその男が言ったらしい。
 ドレッド・ヘアに染みついた煙の残り香を堪能しながら言ったんだとよ。
 オリジナルだ。どこの土地のものでもない。
 こんな凄いヤツがあったなんて。
 クールなのにロケットみたいにぶっ飛ぶヤツは初めてだ!」

「・・・・・」

「世界1のマリファナはアフガニスタンでもコロンビアでもない。
 新宿の酒場にあったんだ」


***


サルが叫んだ。
「ちょっと待てモモ。
 このネタは赤坂の大使館がらみだって言うのか…冗談じゃない。
 オレは降りる。
 どうせ本社はD.C.じゃなくってバージニアの連中なんだろ?
 ふざけるな。危険すぎて手がだせるか」

「そのマリファナの栽培レシピとプラント技術を手に入れたい連中がいる。
 医者の処方箋なしに医療大麻を大量に欲しがる連中はだれだ?
 慢性疼痛の人間をたくさん抱えてる組織はどこだ?
 PTSDに悩んでる人間をたくさん抱えてるのは?」

イヌは難しい顔になった。低い声で呟いた。
「軍がからんでるのか…」

キジが鼻歌まじりに聞いた。
「そんなタフな案件なのにさあ…
 どうしてこのチームに依頼がきたんだろ?」

「クライアントが言うには…オレたちがプロフェッショナルだからなんだと」

「は?」

イヌがぼそっと息を吐くように言った。
「プロフェッショナルか…。モモがいつも言ってるあれか。
 スピードと深さと熱意」

キジが笑った。
「この仕事に熱意や情熱はどうかな…。
 それとさモモはよく怒鳴るけどね。
 お前らネジを締めろ!でも1番ネジが緩んでるのは誰だあ?」

イヌもつられて笑って言った。
「モモはよく言ってるよな。
 悪党は明るいのが1番だって…ハハッ」

モモは鼻をふんっとならして言った。
「やれやれ。
 プロフェッショナルはさておきだ。
 クライアントがオレに話を持って来たのは…まあ、あれだ。
 フリーランスってのはパートタイムの危ない仕事にはうってつけなんだ。
 それにな…退職金と年金の心配がない」

サルはなおも喰いさがった。
「こんな危険なネタなのにモモはどうして受けるんだ?」

「オレのクライアントとは別にこの件に首を突っ込んできた連中がいる。
 連中には3年前に苦い水を飲まされたことがあった。
 オレはな見た目と違って執念深いんだ。
 連中に仕返しがしたいんだ」
 
サルが目を丸くして言った。
「仕返しだぁ…ガキかよお前!」

モモが吠えた。
「オレは執念深いけど辛抱強くないんだ。
 オレはな。ホトトギスが鳴くまでなんか待てねえんだ!
 このチャンスに連中に一泡吹かせてやりたいんだ」

サルはどこかのネジが外れたようにゲラゲラ笑い出した。
「おい。そんなに笑わせるなよ」
哄笑が止むとサルは真顔になった。
口角を挙げると冷えた笑いがサルの顔に浮かびあがった。
「よし…分かった。つきあってやるよ。
 ヤラれっぱなしってのは確かに気分が悪い」

「ん…?」

「だってお前さ。喧嘩弱いだろ。
 物音たてずに敵を排除するには素手が1番なんだよ」

「ケミカルの知識がないと厳しい事案だな、これは」

「とびっきりの上物なんでしょ、そのマリファナ!」
 

椅子から立ち上がり冷蔵庫を開けたサルが舌打ちした。

「なんだよ。ビールとチーズしか入ってねえのかよ」


部屋の隅で暖かい西日にまどろむサバトラ猫がにやにや笑っていた。


The Heavy 「Same Ol’」



本稿は続きます…おそらく。今しばらくお待ちください。


【付記】

アメリカに本社がある世界第2位の食品・飲料会社P。
Pの炭酸飲料のCMがテレビに映っていた。
CMは「桃太郎物語」をモチーフにした映画の予告編のような作りだった。
このCMで使われていた曲が
The Heavy 「Same Ol’」

テレビを観ていたマルが振り返ってボクに言った。
「カッコいいね、この曲」
「うん。カッコいい」
「気分がアガるねこれ」
「うん。かなりアガる」
「クライム・ムービーとかに使いたい曲だね」
「うんうん」
「この曲をイメージして何か書いちゃうか?」
「えっ……」
「キャラは桃太郎物語にして…クライム・ノベル風にして」
「えっ……」
「ほれ!」


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【註】彼は…香道の宗匠ではありません




ボブのこと


午前7時、ボブはホテルを抜け出し朝食を求めてマーケット広場へ歩いた。

バルト海の乙女と呼ばれるヘルシンキ湾。

海を見渡す石畳の広場にはオレンジ色のテントのカフェがあった。


***


ボブは東京出張からロンドンへ帰る途中ここヘルシンキに立ち寄った。
理由は単純だ。東京のホテルの部屋で観た映画「かもめ食堂」が気に入ったからだ。


「それにしても昨夜はまいった」

昨夜遅く空港からヘルシンキ市内に入ったボブは夜道に足を取られ転んで怪我をした。
ズボンの膝に血が滲んでいたが歩くのには問題ない、骨は大丈夫のようだった。

荷物をホテルの部屋に放り投げ酒を飲みに外へ出た。

軽く飲んで食べ店を出るとタクシーをひろった。
タクシーに乗り込むと中年男の運転手が話しかけてきた。

「ヘルシンキはどうだい?」

「どうもこうもないぜ。
 どうしてヘルシンキの夜道はこんなに暗いんだ。
 おかげで転んで足を擦りむいちまった。
 バーに入れば…なんだあの値段は!
 そりゃあ物価が高いとは聞いてたさ。
 それにしたってなんだ。
 ビール2本にサンドイッチで…
 どうしてあんな値段になるんだ……」

「それだけか?」

「…ん?」

「アンタの不幸な話はそれだけか?」

「まあ…そうだな」

「今度はオレの話を聞いてくれるか?」

「あ…ああ。聞こうか」

運転手の身に起きた不幸の話は約10分間続いた。
その話を聞いて運転手があまりにも不憫になった。
ボブの酔いはいっきに醒めた。
足の痛みも忘れていた。

提示された料金よりかなり多目のユーロを運転手に渡した。
ボブはこう言うほど運転手に同情していた。

「you are good man. everything will be all right. take care !」


ボブはタクシーから降りて呟いた。

「NAMAHAGE」

日本への出張は初めてだったが元々日本文化に関心があった。
但し日本文化の知識は少々中途半端でちょっと変質していた。

「不幸なヤツはいねぇがー!
 ついてないヤツはいねぇがー!」

なまはげが彼の不幸を取り去ってくれればいいのに。


ホテルの部屋に戻り、歯を磨きながら思わず声が出た。

「あっ!」

ボブは思った。
さっきの運転手の不幸話は本当だったのか?
アイツの話に気を取られて料金メーターもみてなかったじゃないか。


* **


4月といっても外出には手袋が必要なほど寒いヘルシンキ。
しかも今朝は小雨まじりの曇り空だ。
石畳の広場から見える青い海も霧にけむって遠くまではみえない。
広場には餌を目当てに集まったカモメがたくさんいた。

石畳の広場にたつオレンジ色のテントはカフェだった。
外から内側を覗くと朝早くから数人の客がコーヒーを楽しんでいた。
この寒さだ。屋外の席には殆ど客がいなかった。

ボブはテント・カフェ内に入った。
テント生地を透かして入り込んだ朝陽がカフェをオレンジ色に染めていた。
人々も木製のテーブルもコーヒーカップも…空気も音もオレンジ色に染まっていた。

香ばしく焼け上がったパンにはサーモンがぎっしり入っていて美味い。
コーヒーもなかなかの味わいだ。しかも2杯目は無料らしい。
テーブルの上では雀が遊んでいた。

パンを食べ終わったボブは背中のバックパックからノートを取り出し机においた。
2杯目のコーヒーを飲みながらノートをみた。
3日前、新宿の酒場でおしえてもらった日本語が書かれたノートだ。


* **


予備情報もなくふらりと入った新宿ゴールデン街の酒場「G」。
カウンターに座り1人飲んでいたボブは、
隣に居合わせた60代の男と意気投合した。
ボブは仕事で東京に来たグラフィックデザイナーだと自己紹介した。
隣の男は仏教の僧侶で俳人だと言った。
経を読み、俳句を詠むなら日本語のエキスパートに間違いないと踏んで、ボブは男に相談した。

「日本語は難しい。日常会話程度なら自信があったがとんでもない。
 たとえば…Yesと言う時にもいくつもの言い方がある。
 はい、了解した、それと…今日会った人にはこう言われたんだ。
 無論」

「ある種の職業の人間はこうも言うぞ。
 喜んで」

「なるほど。昼に入った回転寿司屋の店員がオーダーを受けるたび 
 に大声で言っていたよ。
 喜んで!
 僕はてっきり売上があがって喜んでるのかと思った」


ボブは以前からクールな漢字のタトゥーを腕に彫りたいと思っていた。
ボブはノートを取り出した。
英単語を書いて男に渡し、その横に同じ意味の日本語を漢字で書いてもらった。


* **


2杯目のコーヒーを飲みながらボブはノートをみた。
ロンドンに戻ったら腕に彫るタトゥーの漢字をどれにしようか思案した。


Hot:唐辛子

Love:床上手

Rock & Roll:転石

Happy:満腹

Power:愛

Trip:風


酒場の男は漢字を書きながら含み笑いを隠そうとしていたようにみえた。
まるで悪戯を隠そうとしている子供のように。

この漢字を信用していいのか?
昨夜のタクシー運転手の話は本当だったのか?
新宿の男は紳士的に漢字を書いてくれたのか?

ボブはコーヒーを飲み干すと海に目をやった。
小雨まじりの曇り空の下で波がゆっくり移動していた。

ふー。

旅で出会った友人を信用しないでどうする。
ボブはノートに書かれた1つの言葉を人差し指の先でトントンと叩き
これにしようと決めた。


『 Peace:笑顔 』


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言葉堂本舗

(有)言葉堂本舗でございます。

当店が扱っておりますのは、「言葉」でございます。

『世界は素敵な言葉にあふれてる』


当店が取り扱っております「言葉」は、

名言、きめ台詞、キャッチコピー
短歌、俳句に川柳、どどいつ
自由律詩に壁の落書き、便所の哲学
謳い文句、殺し文句、歌の文句にセロニアス・モンク


心はなやぐ言葉の数々。

『美辞に麗句にお世辞にヨイショ!』

貴方の気持ちをぐいっとアゲてみせましょう。


『羽を持たない心だって、空を飛ぶことができるんだ』

『そんなことができるの?』

『いいかいお嬢ちゃん。言葉使いのおじさんに出来ないことなんてないんだ』


さあさあ。心浮き立つ「言葉」の数々。

ここには禁句なんてものはありません。
『あしはフリーじゃき』(坂本竜馬)
「言論」と書いて「自由」と読みます。

ユーモアはあるが冷笑はありません。
ウイットはあるが皮肉はありません。


当店は、貴方にお似合いの「言葉」を探します。
貴方を励ます、貴方に寄り添う、そんな言葉を探します。
「言葉」のコンシェルジュです。

もしご希望でしたらオリジナル「言葉」の作成も承ります。


自分にフィットした言葉を呟くと……

元気が出ます。
勇気が湧きます。
アイデアが閃きます。
跳躍力が3%伸びます。
日の出が3/100秒早くなります。
風呂あがりに湯冷めしません。
ビールが美味しくなります。
ブラボー。



サテお立ち会い。
手前ここに取りいだしたるは素敵な「言葉」の数々。


この「言葉」、声に出してみてください。

『叱られて目をつぶる猫春隣』(久保田万太郎)

ほら。ふわりと春風が吹いて心が軽くなるでしょ。


この「言葉」、声に出してみてください。

『" Prisoner on the road "
 Cyclist is addicted to riding.
 He is the man trapped by road.』(Rapha 広告コピー)

魔の山 モンテ・ゾンコランを喘ぎながら登る、
ジロ・デ・イタリアの選手たちの息づかいが聞こえる。彼らは「路に囚われし者」。
ほら。身体がちょっと熱くなるでしょ。


この「言葉」、声に出してみてください。

『空を超えてラララ星のかなた  ゆくぞアトムジェットの限り
 心やさしラララ科学の子 十万馬力だ鉄腕アトム』(谷川俊太郎)

身体に力がみなぎり、自然に動き出す。
「こら。校庭で飛んじゃだめだって!」



それでは…ここからは当店オリジナルの「言葉」を。

『すべての男は本末転倒と役立たずの先に存在する』

ほら。気持ちが軽くなったでしょ。
男ってのはね。そんなもんなんです。
それ以上でも以下でもない。うんうん。


それじゃ次。これは強烈!

『すべての女は慈悲と理不尽のないまぜでできている』

ほら。はなから、男は女に敵わいって分かって気分が楽になったでしょ。
優しくて不合理…勝てる相手じゃないんだって。うんうん。



* **


M市オリオン横丁で焼き鳥屋を営むマコト65歳バツイチ。時々ロック・ミュージシャン。
昼過ぎに起床するマコトがくつろぐのは、ここ喫茶店「みよし」だ。
この店の一人娘が小夏だ。
小夏は、生意気だが愛嬌のある18歳。
愛嬌は女の武器だと自覚しているしたたかな高校生だ。

マコトと小夏はよくここでコーヒーを飲みながら話した。
小夏の口調は馴れ馴れしいが…マコトが小夏を言い負かそうと挑む口調は大人げない。

2人に共通しているのは、本好きであること。
好みのジャンルは違うが2人はよく本の話で盛り上がった。
そして言葉遊びが好きだった。


マコトと小夏がこの喫茶店で会うと、「言葉合戦」で勝負した。
ルールはこうだ。
お題の単語を決め、その単語を含んだ語句や諺を交互に1個ずつ出す。
言葉が思いつかなくなったり、間違った語句を言ったら負けだ。
まあ。他愛のない遊びだ。しかし2人は真剣だった。
言葉好きのプライドがかかっていたからだ。

「マコちゃん…じゃね…お題は、“犬”」

「犬畜生」

「犬鷲」

「犬死に」

「マコちゃんさあ、どうしてそういう言葉ばっか出してくるかなあ…」

「前半戦はな、相手を挑発するんだよ」

「あのね。そういう勝負じゃないでしょ、コレは」

「勝負ってのはな、なんでもありなんだよ。
 なんだ…もう負けか?」

「ふん!じゃあ…犬芥子」

「なんだそりゃ!」

卓上には国語辞典が置いてある。
相手が疑義を申し出た場合はすぐに辞典で調べて判定する。

「チクショウー。ほんとにあるんだな…犬芥子め!」

「ほら。マコちゃんの番」

「じゃあな。イヌイット」

「ギャハハ!なにそれ。
 イヌイットのイヌは日本語の犬じゃないでしょ!」

「えっ。だって犬ぞりに乗ってるのテレビで見たぞ」

「犬ぞりに乗ってたってイヌイットのイヌは犬じゃない!」

「ブハハッ。まいったか?」

「負けたのはマコちゃんだって!」

「じゃあ、これはどうだ…犬もほろろ」

「ケンは犬じゃないって」

「いるだろ。愛想がなくて、ほろろな犬が」

「ギャハハ…ほろろな犬ってなにそれ」

「だからいるだろって」

「だめ。けんもほろろは無愛想な犬のことじゃない!」



* **


市内にある百貨店の催事場に「言葉堂本舗」というプロダクションがやって来た。

新聞の折り込みチラシをみるとシステムはこうだった。

1.カウンセラーがクライアントの話を聞く。
2.言葉ソムリエがカウンセリングの結果をもとに言葉を選ぶ。
 クライアントを励まし寄りそう「言葉」を選ぶ。
 オプションでコピーライターがオリジナルの言葉をつくる。
3.デザイナーが文字をデザインし言葉を印刷出力する。


マコトと小夏は自分の「言葉」を探すため会場に行った。

北海道物産展の隣に言葉堂本舗の男2人が立っていた。40代前半と後半にみえる。
年かさの方はヒューゴ・ボスの黒いスーツに黒縁眼鏡。彼が言葉堂本舗主人。
カウンセラーで言葉ソムリエでコピラライターだ。
もう1人はコムデギャルソンの白いTシャツに青いデニムを穿いた男。
彼が書家兼デザイナー。墨と筆で和紙に揮毫するし、アドビ・イラストレーターで文字をデザインもする。


百貨店を出ると2人は分かれた。
1週間後に「言葉」が宅配で送られてくる。
その日の17時、開店前の焼き鳥屋で落ち合うことになった。
そこでお互いの選んだ「言葉」を見せ合うことにした。



* **


焼き鳥屋に入ってきた小夏はカウターに座った。

「ここに来る前にね…M市公園に行ってきた。
 市営球場の1塁側スタンドの席に座って…缶コーヒーを飲んだんだ」

「・・・・・・」

「市内の高校生が練習試合してた。
 春にね。缶コーヒーを飲むにはあそこが1番なんだよね。
 春風がまだちょっと冷たいけど、冷たい缶コーヒーをえいやって飲んだ。
 なんたって春だもんね」

「・・・・・」

「野球部員たちの掛け声。
 ボールをキャッチするグローブの革の音。
 風の音。
 金属バットがボールを打つ音と缶コーヒーのプルトップを開ける音。
 まだ硬い空気と土の匂い」

「どうしたんだ…小夏」

「デヘへ。拙者、春の詩人でござる」


床に寝そべっていたサバトラ猫のマルがむくりと起き上がりカウンターの下へ歩いてきた。
マルはジャンプして小夏の膝の上に乗った。
小夏が頭を撫でると…マルは欠伸をしてもう眠りはじめた。
小夏は隣の椅子に置いてあった黒革のトートバッグをカウンターの上に置いた。

「ほれ」

「…ん?」

鞄の持ち手の部分に紐付きの紙のタグがぶら下がっていた。
厚手の和紙をフィルムで覆ったタグだった。
タグには活版印刷風にデザインされた文字が印刷されていた。
 

『叱られて目をつぶる猫春隣』


「おっ。小夏が選んだのはそれか…」

「くぼまん良いよねえ」

「うんうん。この軽味がたまらんのう」

「わたしはね。ずうっと駘蕩でいくんだじょ」

「なんだよ、“じょ”って?」

「そんな気分なの」

「うんうん」

「それよりマコちゃんが選んだ言葉をみせなさいよお」

「ああ。オレのはつくった言葉だ…」

「つくってもらったの?」

「なに言ってる。
 オレの言葉はな…オレがつくったんだ」

その「言葉」は調理場の壁にあった。
その「言葉」が墨で書かれた和紙は無造作にプッシュピンで壁にとめられていた。


「なにアレ!」

「なにってなんだよ」

「だから、なんなのアレはって聞いてんの!」

「人間はな、引込みじあんじゃいけねえなって…」

「・・・・・」

「自分の得意技をバンバン出してドカドカ賑やかにいくぞって」

「・・・・・」

「もう出し惜しみしないでズンズンいくぞって」

「・・・・・・」


壁に掛かっていた「言葉」は…


『能ある鷹の爪』


「マコちゃん…わたしさ…帰る」





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盛岡の春風はまだ冷たい。
暖かな春の来訪を待ちわびるマルが一声長く鳴いて呟いた。

『春浅し空また月をそだてそめ』(久保田万太郎)

マルは…うんうんと頷きひとりごちた。

「世界は素敵な言葉でできている」





Peter Gabriel 「Solsbury Hill」



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