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マコちゃん


反骨の人 マコト 66歳 


戦後ベビーブーマーには珍しく風のように漂う男
この男には一年中春風が吹いているのだろうか…
良くも悪くも…駘蕩たる性格でこの年までやってきた

風に揺れるコップから盛り上がったビールの泡
そんな泡のような男だ

しかしだ
マコトは自由気ままに育った泡男なのに骨が反っていた

不当な権力には屈しない 不当でなくても権力は気にくわない

納得出来ないことには従わない 納得しても…偉いヤツには従わない

一匹狼 群れない 寄り添わない でも人恋しくなる時だってある 

助けない 助けられない 連帯しない 連帯保証で痛い目をみた過去がある


身長:175cm 体重:75kg 筋肉質 握力左右ともに55kgw 垂直跳び:55cm 
職業:飲食店(焼き鳥屋)経営
嗜好:ショートピース/サッポロビール黒ラベル/サントリー角瓶
趣味:蕎麦打ち/ギター/○○○
尊敬する人:高倉健/ジョン・レノン
好きな映画:「居酒屋兆治」/「真夜中のカウボーイ」


* **


M市仲町商店街の裏側には居酒屋が集まる界隈「オリオン横丁」がある。

オリオン横丁の東端には地元民から「御稲荷さん」と呼ばれて親しまれている小さな神社がある。神主もいない小さな社(やしろ)だけの境内には赤い前掛けを首から下げた狐の石像が1つあった。

御稲荷さんの隣の土地に、赤い提灯を軒から下げた木とガラスの引き戸の小さな店があった。

『焼き鳥屋』という屋号の焼き鳥屋。
マコトの店だ。常連客はマコちゃんと呼ぶ。

店の名前もシンプルだがメニューもシンプルだ。
焼き鳥は2種(ねぎま、レバー)タレだけ。
飲み物は瓶ビール、ウイスキー、日本酒だけ。
銘柄は選べない。何がでるかはその日によって違う。
ウイスキーはストレート、日本酒は冬でも燗をつけない。
ビールもウイスキーも日本酒も瓶から注ぐだけ。
コップはビール会社のマークがはいったコップ1種類だけ。

たとえばこうだ。
ビールを飲み干した客が「マコちゃん日本酒」と言ったら
マコちゃんは無言で日本酒の瓶を傾けコップに注ぐ。
まだビールの泡が残ったままのコップに注ぐ。


* **


カウンター席8個だけの「焼き鳥屋」。

マコトはカウンターの内側に立ってビールを飲んでいた。
白髪のロングヘアは無造作にのばしただけ。
小さくて細い長方形型レンズの老眼鏡を鼻の上にのせていた。
青いデニムのGジャンにパンツ。
Gジャンの内側には白いTシャツ。
Tシャツの胸には『Let Me Be』と黒い文字でプリントされていた。
首にマフラーを巻いていた。赤黒縞模様のACミランのマフラーだ。
顔は……ひねくれ者・拗ね者のそれだった。
そして顔にはちょっと幼さが残っていた。
そりゃそうだ。
中学生のように怒り、笑い、驚き、叫んでる毎日なんだから。

居酒屋照明70%くらいの光量の薄暗い店内には
1960〜1970年代のロックが流れていた。

午後8時になっても客は5時の開店と同時に入ってきた常連の3人だけ。
3人ともマコトの幼馴染みで同級生だ。
ヨシオがカウンターの内側に向かって口を開いた。

「マコちゃんよお、言いたかないけどさ…」

「じゃあ言うな」

「いや言う」

「じゃあ聞かねえ」

「オレが代わりに聞いてやるか?」

「オサムが聞いてどうすんだよ」

「じゃオレが…」

「アキラおまえまで何言ってんだよ!」


* **


5日前の昼下がりのことだ。
狐の石像の前に男が3人。ヨシオ、オサム、アキラだ。
3人は仲町商店街の店主だ。八百屋、肉屋、金物屋。
ここも日本全国津々浦々の商店街同様、ご多分に漏れず不況に沈んでいた。

3人は時代の風向きを読むのが苦手だった。
「やっぱITってよお」
「イット?」
「うん。代名詞だな」
このくらい…苦手だった。


10年以上前から不景気風に乗ってやってきた貧乏神に取り憑かれたような
仲町商店街だった。
そんな商店街の客足が半年前から以前にもましてごっそりと減ったのは
この石の狐のせいだと3人はにらんでいた。

「これだよ、これ。この右手」

「この右手かよお」

「ちょうど半年前だ。マコちゃんが狐を改造したんだ」

「みろ。狐が右手を上にあげて指人形の狐をつくってやがる…ああややこしい」



元々この神社はマコトの亡くなった父親が勝手に建てたもので
氏神もいなければ縁起も由緒もなかった。
現在マコトが焼き鳥屋をやっている場所に昔は寿司屋があった。
寿司屋を営んでいた父親。
その父親のいなり寿司好きがこうじて建てた稲荷神社だ。
握りより、巻ものより、いなり寿司が旨かった妙な寿司屋だった。
改造前の石の狐は右手にいなり寿司を握っていた。


1年前のこと、この神社の一画が市の区画整理の割り当て地になった。
「権力の横暴だ」と反骨のマコトは怒った。
商店街の連中は慌てた。不況に喘ぐなか、市当局とは揉めたくなかった。
オリオン横町の連中は喜んだ。「退屈は悪だ」が口癖の連中だ。

マコトは区画整理反対のアジ・ビラを道行く人に配った。
ギターを弾いて『パワァ トゥ ザ ピーポッ』と大声で歌いながら。

ビラを持って「焼き鳥屋」に入店すると抽選でビール1本…と書いてあった。
もちろん当たりくじはない。反骨だが気前はよくない。
マコトは怒ってはいたが嬉しそうだった。
数年ぶりに反骨っぷりを発揮できることにゾクゾクしていた。


ヨシオが言った。
「こりゃ指人形の狐じゃねえんだ」

「えっ……」

「野球でよ。9回裏ツーアウト、あと1人打ち取りゃ勝ちだってときな。
 選手はどうする?」

「……」

「こうすんだろ…指で狐をこさえるようにして…人差し指と小指をたててよ。
 叫ぶだろ。『ツーアウッ!ツーアウッ!』って」

「うん。やるな」

「狐が野球すんのか?」

「するかよ!」

「マコちゃんが言うにはよ。横暴な市を追い詰める願掛けなんだと。
 ツーアウトまで追い詰めるんだってさ」

「スリーアウトじゃなきゃ勝てねえだろ…」

「『選挙の達磨だって勝つまでは片眼しか墨いれねえだろ!』だってさ」


* **

10ヶ月前のことだ。
4人はオリオン横丁の喫茶店「みよし」に集まっていた。
幼馴染みの小春がやっている喫茶店だ。
4人は昼間からビールを飲んでテレビで高校野球を観ていた。
夏の県予選3回線。パン屋の息子がキャッチャーで出ていた。
1点差リードで勝っていた9回裏。
ツーアウトを取るとパン屋の息子は立ち上がり右手の指2本を突き上げ叫んだ。
『ツーアウッ!ツーアウッ!』

マコトがビールを1口飲んで言った。
「ほら見ろ。キャッチャーが右手の指を狐みたいにして叫んでんだろ。
 いいよなあ。この瞬間が1番シビれるんだ。
 もうちょっとで勝利に手が届くとこまできたこの瞬間がよ。
 勝ちゃあ試合は終わる。けどあと1歩のこの瞬間は永遠だ…」

試合は逆転サヨナラ負けで終わった。

マコトはコップに残ったビールを飲み干すと言った。
「そいつがいくつだろうがさ、たとえ18歳だってさ。
 それぞれの年のゲームはいつか終わるんだ…」

マコトは立ち上がって出ていこうとした。
ヨシオが叫んだ。
「マコちゃん金置いてけよ!」

「つべこべ言ってねえでさっさと金払って…御稲荷さんに来い」

「どうして…」

「何言ってんだ。キャッチボールするにきまってんだろ」


* **


カウンターの内側のマコトにヨシオが言った。

「いいや。今夜はどうしてもマコちゃんに聞いてもらう。
 いや。マコちゃんに何としても料簡してもらわなきゃいけねえんだ」

「うん?」

「うんじゃねえよ。マコちゃんが石の狐をつくりかえてからなんだ。
 狐が右手の指で狐をつくってからなんだ。
 それから商店街の客足がさっぱりなんだよ」

「ずっと前からさっぱりだったじゃねえか」

「狐の呪いだってみんな言ってるよ。
 あのツーアウト指の狐のせいで商店街の客足が減ったんだって」

「なんだと。石の狐が商店街を呪うかよ。
 あれはな、横暴な行政の市を追い詰めるために…」

「商店街が追い詰められちまったんだよ!」

「仲町商店街はもうツーアウトだよ!」

「あと1人…あと1人…」

「アキラ、おまえは黙ってろ!」

「なあマコちゃんよお。
 市よりさきに仲町商店街を追い詰めてどうすんだよって」

「もう少しだな」

「何がもう少しなんだよ」

「いいか。御稲荷さんと市役所の間には仲町商店街があるんだよ。
 あの指狐パワーでグワァッとさ…
 商店街を追い詰めたら、今度はその先にある市役所だ!」

「おいおい縁起でもねえ」

「ぎゃはは。そんな縁起があるわけねえ」

「なあ。そんなこと言わねえでよマコちゃん…元の狐に戻してくれよお」

「それは出来ねえ」

「どうして?」

「ロックは愛と反骨だ。ラブ アンド 反体制だ。
 市役所の連中には愛がねえ。オレはとことん闘う」

「なあマコちゃんよお。年寄り3人がよ、下げたくもねえ頭ぁ下げてるんだ。
 そこを曲げてよお…」

「ぎゃはは。
 あのな。オレらは同級生だ、同い年だ。
 おまえらが年寄りの頭を下げるなら、オレは年寄りの胸を張る。
 堂々と闘う。
 ぎゃはは。楽しいぞお。いいからおまえらは黙って見物していろ」

「そんなあ。商店街はどうすんだよお!」

「大丈夫だ、心配するな。
 指狐パワーを微調整してな…商店街を迂回するようにするからよ」

「えっ。そんなことできんのか?」

マコトは口を大きく開けて笑ってから言った。
「できねえよ!」

「そんなあ!」


* **


1ヶ月前のこと。

マコトは喫茶店「みよし」のカウンターでスポーツ新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた
店番をしていたのは小春の孫娘の小雪だ。
店内にはマコトと小雪の2人。小雪は生意気盛りの高校1年生だ。

小雪がマコトに聞いた。
「ねえ。どうしてマコちゃんは区画整理に反対なの?」

「いい質問だ。
 いいか。区画整理の説明会のとき市役所の連中は計画書を配って言ったんだ。
 30項目あった。区画整理をすると30項目の良いことだらけだ」

「だったらイイじゃん」

「よく考えろ。30個も良いことがあって、悪いことが1個もないなんてよ。
 こんな胡散臭いことがあるか?
 偉いヤツらがもってくるきれい事と甘い話しには裏があるんだよ」

「そんなもんなの?」

「そんなもんなんだ」
 いいか。例えばだ。人間で考えてみろ。
 どんな人間だってな素敵もあれば駄目もあるんだ。
 駄目が1個もない人間なんて信用できるか」

「マコちゃんはどうなの?」

「まあオレは…駄目が4割、素敵が6割だな。
 人間はな、これくらいが良い塩梅なんだ」

「6割なんてないでしょ!」

「バカヤロー。遠慮して6割って言ってんだ。
 それにな。
 オレはあの通りの景色が好きなんだ……」

「うん。わたしも好きだなあ。あの御稲荷さん」

「ところで小雪。
 音頭をつくるんだけどさ。
 音頭っていったらリズムはやっぱレゲエか?」


* **


翌日マコトは「御稲荷さん」でギター1本のライブを始めた。
テレキャスターと小さなアンプにスタンドマイク。
「区画整理反対集会」のライブだ。
白い雲が浮かぶ青空が気持ちの良い午後3時だった。

マコトは青のデニムの上下に首にはACミランのマフラー。
いつもと変わらぬ服装だった。
ただし。老眼鏡は黒いサングラスに変わっていた。
1960年代にボブディランが愛用したレイバン「ウェイファーラー」だ。

マコトは自慢のサングラスをして口の左端を曲げニヤリと笑った。
無言のままギターでイントロを弾き始めた。
1曲目はバッファロー・スプリングフィールドの「ミスター・ソウル」。
マコトはニール・ヤングのように身体を小刻みに揺らしギターを弾き歌った。


ラーメン屋の従業員のような「反骨」と書かれた…白いTシャツをきた4人の女性が観衆にビラを配っていた。
幼なじみの小春。小春の娘で出戻りの小夏。小夏の娘の小雪。
椅子に座ったままビラを配っていたのは小春の母親の小梅だった。

反対集会のライブなのにMCもなしに演奏だけが1時間以上続いた。

マコちゃんが話し始めた。

「次が最後の曲なんだ。今日のためにオレがつくった曲だ。
 若い連中は知らないかもしれないけどさ…
 昔さ歌謡曲にさ、ブルースっていうジャンルがあったんだ。
 それでさ。「反骨ブルース」ってのをつくったんだけどさ…
 歌は暗いより明るいほうがいいしさ…。
 みんなで歌えるほうがいいからってさ音頭にしちゃったんだ。
 『反骨音頭』だ!
 歌謡曲とロックの炊き込みのような曲になったぜ!
 それじゃさ…『反骨音頭』コーラス&ダンスの4人を紹介するぜ。
 小雪、小夏、小春、小梅…
 『それそれガールズ』だあ!」

Macと接続したスピーカーから打ち込みで作った演奏のイントロが流れてきた。
それそれガールズ4人がマイクを持って歌い始めた。
『あぁそれそれ あちょいとそれそれ それそれそれそれぇ』
 
マコちゃんがギターをかき鳴らし歌い出した。

『長いものには巻かれない それ  
 多数決には屈しない それ  
 きれい事には騙されねえ それ  
 それそれそれそれ  
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう  
 
 偉いヤツには屈しない それ  
 ◯◯のヤツらにゃ捕まらねえ それ
 追い詰められても諦めねえ それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう
 
 背中を丸めて歩かない 反れ  
 猫背の野良にも注意する 反れ  
 だけど犬より猫が好き それ  
 それそれそれそれ  
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう

 重い荷物はしんどいぜ それ
 昇り坂はきついけど それ
 坂の上には雲がある それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう

 坂の上には雲がある それ
 坂の上には雲がある それ
 それそれそれそれ
 反骨音頭を歌いましょう 反骨音頭で踊りましょう
 …反骨音頭でぶっとばすぅ!』



意外にも往来を歩くたくさんの連中が足を止めてマコちゃんの歌を聞いていた。
最後はあちこちで喝采がわきあがった。
少年も少女も。男も女も。おっさんもおばさんも。爺さんも婆さんも。
おおよそ100人くらいだろうか。
マコちゃんとそれそれガールズにあおられ全員が声を揃えて歌っていた。
「坂の上には雲がある それっ! 坂の上には雲がある それっ!」 


歌が終わり拍手が沸きおこるとマコちゃんが大きな声で言った。
「ゼッテー負けねえぞおッ!」
マコちゃんが右手を天に突き上げると、そこにいた全員が右手を突き上げた。
全員が右手の人差し指と中指で「ピース・サイン」をつくった。


100人のピース・サインの波が揺れるなかで…
マコちゃんの右手は人差し指と小指をたてていた。

「ウオーッ! ツーアウッ!ツーアウッ!」



* **


監督のカナイヨシスケはMacのFinal Cut Proで映像を編集していた。

「ツーアウッ!ツーアウッ!」

最後のシーンが終了しそのまま静止画像となった。
その静止画像にエンドロールのクレジット文字をレイヤーで重ねレンダリングした。

エンドロールの次に1枚のスチル写真をつないだ。
これがファイナル・カットだった。



スチル写真には4人が写っていた。
石の狐の左側にヨシオとオサム、右側にマコトとアキラ。
みんな大きく口を開けて笑っていた。
みんな右手で指人形の狐をつくっていた。

白い狐は右手に…稲荷寿司を握っていた。



Buffalo Springfield 「Mr. Soul」




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