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A Moon Like Gin and Lime

大きな台風が通り過ぎた夜の新宿ゴールデン街。


バー「酒場 G」には客が溢れかえっていた。
わいわい。がやがや。そわそわ。ざわざわ。


夜半にドアを開けて入ってきた客が大きな声で言う。
「今夜の月はスゲーぞお」

1人の客が言った。
「ママ。ジン・ライム!」

店にいた10人の客全員が口々に言った。
「オレも」「ママ、こっちにもジン・ライム」「オレもオレも」

客達は全員ジン・ライムを片手に店の外に出て月を眺めた。

台風が雲を薙ぎ払った空に大きな月が登っていた。

コンパスでシュッと一息に描いたような正確な円の満月だった。
手塚治虫がフリーハンドでくるんっと描いたような柔らかい円の満月だった。
夢二が描いた女の手鏡に映る月のように艶やかだった。

「おお。良い月だ」

新宿ゴールデン街。
ヒトが往来できる限度の幅を確保しただけの道の両側には飲食の店が入れ小細工のように立ち並ぶ。
日本全国どこにでもあるような歓楽街と路地を…それを、エスプレッソ・マシンに入れたように
ギュッと圧縮したことで密度と濃度と体温が上昇した街。
猥雑と喧噪を敷き詰め、情熱と哄笑を解き放った街。
詩と歌が漂う街。
物語のキック・オフを予感させる街。

「おお。良い月だ。たっぷりと大きくて、堂々として貫禄がある。
 そのくせ控えめな感じなのがイイ!」

「立派で・・どこに出しても恥ずかしくない月だ!」

「誰はじることのない月だ!」

倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

青々とした森や山が見えない、夜の新宿ゴールデン街だって…
蒼い月明かりに照らされればうるはしくは映る。
酔った目には。

全員が大きな声で歌い始めた。
歌は・・叫びになった。
吠えてるヤツだっていた。

『Oh 雨上がりの夜空に輝く
 Woo…ジンライムのようなお月様
 こんな夜におまえに乗れないなんて
 こんな夜に発車できななんてぇぇぇ!』

『ガッタ・ガッタ・ガタッ・ガタッ・ガガガッ』

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


RCサクセション「夜の散歩をしないかね」



【蛇足】

大合唱はしばらく続いた。

ミャーン。
どこから出てきたのか。
1匹の猫が僕の足元に頬を擦り付け甘えてきた。
盛岡のマルと同じサバトラだった。
首輪と鈴がついていたから野良猫ではないようだ。

ジンライムをおねだりしてるような態度の猫にむかってボクは言った。

「ジンライムが飲みたい?ダメだよ酒は、君は猫なんだから」

「キミの掌に数滴でいいんだ。ボクにジンライムをくれないか?」

ここにも・・人間の言葉を話す猫がいた。

通りに面した酒場のドアが開いた。
ママらしい年の頃は60代の綺麗なオンナが出てきて大きな声で叫んだ。
「知らない人についてっちゃだめでしょ。
 ほら、戻ってきなさい、キヨシロー!」


【続 蛇足】

新宿ゴールデン街に『酒場 學校』という名のバーがある。
ママのR子さんが1人で切り盛りしてきたお店。

詩人 草野心平さんが新宿御苑前で『バー 學校』という店を開けたのが1960年。
「安保反対 本日開店」という五色刷のビラを配ったらしい。
その店を手伝っていたのがR子さんだった。

草野心平さんが旅立ったあとに新宿ゴールデン街で再開した「學校」。

40年以上通い続けた客もいるらしい。
常連客の年齢構成をみると40、50歳代はハナ垂れ小僧だ。
ボクも当然、ハナ垂れだ。

多士済々とか百家争鳴とかが理解出来なかったら學校に行ってみるがいい。
酒もツマミもありきたりだが、居合わせた客同士の会話が面白かった。
30歳代の前の方にいた頃のボクにとっては・・授業料を払っても聴きたい話だった。
そうなんだ。學校だった。
そんな楽しい學校だって不愉快な思いをしたときもあった。
不愉快な思いをさせたこともあった。
玉石混淆。若かろうが年配だろうが関係ない。
素敵もいればクズもいる。当たり前だ。ココは學校だ。
入学拒否はない。

ボク?
成績も素行も不良のボクは卒業できなかった。

その學校が今月末日で"閉校"となる。

40年以上通い詰めたある常連客は・・11月1日の仕事は休みにしたという。
10月31日・・いやいや11月1日の早朝まで宴は止まないのだろう。

全員が叫んだ。 『愛しあってるかい!』
全員が吠えた。 『イエーイ!』


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註:本編と蛇足はフィクションです。
続 蛇足は事実を基に構成しました。


タグ:學校

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