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Time Thief

BSで放映されたプログラム「オシムの言葉」を観た
イビチャ・オシム氏へのインタビューで構成された"世界のサッカー分析"だった


冒頭のインタビューはこの質問から始まった

「あなたにとってサッカーとは?」

「時間泥棒だね。
 人生の全てをサッカーに使ってしまったよ。
 1度この仕事をやったらサッカーなしで生きられないんだ。
 サッカー界では今なにが起きているか全てを知っておかなければならい。
 サッカーのあらゆる情報を集めている」


***


昼なのに薄暗い部屋だった
窓を閉め切っていたからだ
板張りの床に板張りの壁
天井は薄暗くてよく見えない
部屋の空気は乾いていた

部屋の隅にオトコが1人立っていた
35才くらいか・・?
短く刈り揃えた黒い髪
黒縁メガネに黒い瞳
紅い唇は左端が少しつり上がっていた
この口から出てくる言葉は80%が皮肉なんだとでもいうように
上は白の半袖Tシャツに下は黒のデニム
白の半袖Tシャツから伸びた左前腕には「Chronus」と蒼いタトゥーがあった
妙な訛りを含んだ日本語を話したが・・どの地方のものか判然としなかった

オトコはボクに向かって歩を進めると
話し始めた

この界隈じゃあ、オレは「time thief(時間泥棒)」って呼ばれてるんだ
まあ、みんなはオレのこと、略して「T.T.」って呼ぶんだけどな

業界には秒針さえ盗めやしないのに・・時間泥棒だなんて名乗ってるヤツもいる
だけどオレは違う
長針・短針・秒針どころか・・文字盤さえ盗んでみせる
ソイツの時間を・・ごっそり根こそぎ盗んでみせる

いいか驚くなよ
オマエの時間は消え失せる

「オマエの腕時計は今何時だ?」

「午後3時だ・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だな」


***


コトの始まりは3日前のことだ
酒場のカウンターで1人アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいた
流れていたのはハード・バップ期のジャズだ
クリフォード・ブラウンのトランペットとソニー・ロリンズのサックスに
マックス・ローチのドラムが重なった"うねり"が心地良かった

ドラムに合わせて両手の人差し指でカウンター・テーブルを叩いていると
初老の太った男が話しかけてきた

白髪に黒縁眼鏡
白髭を鼻の下と顎にたくわえていた
白の上下のスーツに黒のボウタイ
ケンタッキー産のバーボン・ウイスキーを飲んでいた

「なあキミ、酒場に"鶏の唐揚げ"がないなんて、けしからんじゃないか、なあ?」

「・・・・・?」

「ところで。
 君は僕が話してる間も・・指でカウンターを叩いてるね」

「失礼。気に障るならやめるけど・・」

「・・ビートが好きか?」

男は言った
ビートが好きなら・・或る男のハイハットを体験してみろ!
打楽器はハイハットだけだ
金属と金属、金属と木が衝突する音・・ビートだけだ
その衝突音には飾りがない、リズムはけっして歌わない

ビートなんだ

男は最後にこう言った
「君の持ち時間がね・・少々目減りすることになるんだけどね」

「持ち時間・・?」


***


オトコが壁の電源スイッチを押すと
天上から吊された裸電球に灯りがともった

裸電球の下には・・ハイハット
2枚のシンバルは田園の稲穂のように黄金色の光りを跳ね返していた

腕は2本のスティックを操作しアップダウン奏法でビートを刻む
足でペダル操作し2枚のシンバルでリズムを刻む
4ビート・8ビート・16ビート・32ビート
アップビート・ダウンビート・バックビート・シンコペーション…etc.
あとは・・なにがなにやら・・

乾いた空気に金属の音が響いた

どしゃ降りの雨に見舞われたアスファルトが弾き出す音のようなビート・・
たくさんの子供たちが階段を駈け降りてくる足音のようなビート・・
熱いフライパンのオリーブオイルの中で踊るタマネギの音のようなビート・・
梢を渡る風の音のようなビート・・

ビートは周囲の空気に絡まりうねりになった
ビートは裸電球の光に揺れ溶けていった

風が吹いた
僕の髪が揺れた

窓を閉め切った部屋に風が吹いたんだ・・たしかに


***


演奏が終わるとオトコはボクに言った

「腕時計を見てみろ」

「エッ・・・」

「ヒト・ゴー・マル・マル(15:00)・・だろ?」

「どういうことなんだ・・だってキミはたっぷり1時間くらいは演奏したろ?」

「・・オマエの時間を盗んだんだ」

「流れてるはずの時間を盗んだ?
 でもボクはキミの演奏の間に流れる時間を実感したんだ」

「時間は空間に流れてたんじゃない。
 オマエの心のなかに流れてたんだ。
 オレの生み出すビートに身を委ねたオマエの心に」

「・・・・・」

「時間泥棒は時間を盗むんじゃない・・オレが盗むのは・・心だ」


また風が吹いた

閉めきった部屋で空気が動かないはずなのに

時間泥棒が盗んだ"時"の狭間に空気が流れ込み・・
風が吹いた

風はビートの余韻をまとい・・ビートの余韻が風に揺れた


***

外に出てどこをどう歩いたのか・・どれ位の時間を歩いたのか記憶になかった

いつのまにかいつもの通りにでていつもの酒場に入った
TVの画面にはサッカーの試合が映っていた
『バルセロナ vs バレンシア』

バルサの6番・8番・10番が・・
カンプ・ノウの時間泥棒が・・風のようにピッチを流れていった

オシムが言っていたが・・バルサの展開の速いパス・サッカーをスペインでは
「ティキタカ」というらしい
ティキタカは・・英語で ticktack

チクタク・チクタク・・バルサはパスを回しボールは風になる
チクタク・チクタク・・観衆は時間と心を奪われる


フローズン・ダイキリを一息に飲み干した
涼風が身体のなかを吹き抜けた

ふいに笑いがこみあげた
ハハッ

アイツは時間泥棒なんかじゃなかった
アイツはビート・マニアなんだ
アイツはビートに・・時間と心を奪われたオトコなんだ

アイリッシュ・ウイスキーを飲んでいると・・
入り口のドアが開いた
白髪・白髭・白スーツの・・あの初老の太った男だった

やれやれ

今日は右手にKFCの箱を持っていた

ジョン・コルトレーン『A Love Supreme』に店主の苦笑いが重なった


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【蛇足】

帰宅しリビングに入ると・・マルがTVでDVDを観ていた

『ルパン三世 カリオストロの城』
ラストシーンの映像がながれていた

銭形警部「くそー、一足遅かったかぁ!ルパンめ、まんまと盗みおって。」

クラリス「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。私のために戦ってくれたので
     す。」

銭形警部「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

クラリス「・・・?」

銭形警部「・・あなたの心です。」

クラリス「・・・はい!」


ボクのほうへ振り返ったマルは
クラリスの世話役のお爺さんの声を真似て言った

「なんと気持ちのいい連中だろう」


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