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ビールのせい

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さよなら昨夜のビール。こんにちは今夜のビール。

今夜のビールの蓋を開けたときだ。
ポンッ。
瓶のなかからでてきたビールの精霊が言った。
「わたしの仕事は3つ。
 世界を救うこと。
 世界を悲しみから開放すること。
 そして…世界中のげっぷを監視すること。」


***


12才くらいの少女だった。
金色の髪を真ん中から分け両端は肩のした五センチくらいで揺れていた。
やや突きでたゆるいカーブを描いたアーチ状の額。
瞳は淡い緑色。
鼻はレガッタのボートの舳先のように少し上を向いていた。
頬にはチョコパウダーをふりかけたような茶色のそばかす。
口を開けると歯列矯正ワイヤーがついていた。
ネイビーブルーのブレザー・ジャケットに緑のプリーツ・スカート。
白いコットンのボタンダウンシャツに黄色と緑のレジメンタル・タイ。

「麦芽100パーセント、アロマホップ100パーセント。
 オールモルト・ビールの精霊なの」

「麦汁色の髪にホップ色の瞳」マルが呟いた。
ジャケットの胸のエンブレムは「麦とホップ」の刺繍だった。



マルは彼女に…少女的精霊もしくは精霊性少女にむかって言った。
「ところで。君はだれなんだ?」

「わたしの仕事は3つ……」

「それはさっき聞いた。
 オレは君に救いを求めていない。開放を願うほど悲しみにくれてもいない。
 欠伸は日に何10回とするが、げっぷはしない」

「ねえ。ちょっといいかな。さっきさ、君はビールを飲もうとしてたけど…。
 君は猫だよね。サバトラ柄の猫だよね…。
 この点は間違いないかな?」

「実はそうなんだ…って、正体をあかす必要がないほど猫だよ。
 オレは猫だ。君の指摘したとおりだ。
 そして君は誰だ…正体をあかすのはそっちのほうだ」

「さっき言わなかったかな…ビールの精霊」

「それは聞いた。
 だけど…うん分かった!とか…やっぱりね!とは言えないな」

「そんな。わたしはビールの瓶からでてきたんだよ」

「うん。君はビールに関係する存在なんだとは思う、きっと。
 でも。だからといって君が精霊かどうかは……。」

「信じることはできない…もしくは理解するのが難しいとか?」


マルは右後ろ脚で首の後ろを掻いた。
顎を上に向け喉をのけぞらせ目を細めた。
幾何学模様の思惟を空中に広げた…。
ふう。
頭に浮かんだことは、とても的を得てるとは思えなかった。
ゴシップでさえない…そう思ったがマルは口を開いた。
少し口ごもり、体毛の下の頬を少し赤らめ。

「ビールのキャンペーン・ガールの可能性はないのか…とか」

「わたしの三つの仕事はビールの販促には関与していない。
 それに。
 どんなギミックを使ったらキャンペーン・ガールが瓶からでてこれる?」

「ある非公式な組織が非公開で開発した超現実的技術をつかって……」

「”非”や”超”をつかった考察はどこにも辿りつかない…でしょ?」

「たしかに世界は不思議で満ちている。そしてほとんどが理解をこえている」

「あのビートルズの曲…テープの逆再生をした音を使った曲とか……」

「それよりは君のほうがずっと不思議だ!」

「そう? ” Being for the benefit of Mr.Kite “の間奏のワルツは素敵だよ」

「ねえ君が精霊だとして。
 ビールの精霊ってのは…ビールのスピリット(spirit)なの?」

「うーん…自分でもよく把握してないんだよね。
 どっちかっていうと、エレメント(element)かな…」

「麦芽の精・ホップの精・酵母の精・水の精」

「……」

「うん。たしかに。君の薫りはビールの四精霊だ…」

「薫り…」

「猫の嗅覚を総動員すればわかる。
 君のそこかしかこから4つのエレメントが薫る」

「ねえ。わたしの仕事は3つ…」

「わるいけど、その話には興味がない。
 君の本質はその仕事じゃない。薫りだ。
 断言する。
 ビールは世界を救い世界を悲しみから開放するという事実と同じくらい
 揺るぎのない断言だ。
 君から4つのエレメントが薫るんじゃないだ。
 いま分かった。
 君のエレメントが薫りなんだ」

「わたしのエレメントは…薫り」

「あるいは…エッセンス(essence)」

「バニラ・エッセンスのような?」

「薫りのエッセンスじゃない。
 ビールの精髄としてのエッセンス。
 君はビールのエッセンスなんだよ」

「エッセンス……」

「ビールを飲む。
 グラスに口をつけた瞬間から口を離すまで一貫したなにかが内部へ注がれる。
 そして…揺るぎのないなにかを感じる。
 テイスト・フレイバー…だけじゃない。
 祝祭・歓喜・昂揚・膨張…。
 それがエッセンス」

「ロールケーキの断面のように一貫したもの?
 断面にはフルーツとクリームがぎっしり詰まって揺るぎがない?」

「フルーツぎっしりのロールケーキは大好きだ!
 でも今はビールのエッセンス…君のエッセンスの話しをしてるんだ」

「炭酸ガスが巻き起こすめくるめくげっぷとか?」

「げっぷはビールのエッセンスじゃない。
 それに…げっぷに人の心はめくるめかない!」

「わたしには…むずかしいね……」



「ごめん。オレの体内時計が、もう話す時間がないと言ってる。
 そこの椅子に座って本でも読んでいてくれ」

「………」

「オレはジャンプして君の太ももの上に乗る。
 それから、そこで眠るつもりだ」

「………」

「ビールの黄金色の薫りに揺られながら眠るんだ」

「黄金色のまどろみ……” Golden slumber “…」
 

マルは大きな欠伸をして寝返りをうった。
きっちり3時間眠った。
マルが目覚めてからのことだ。
奇妙なことがいくつかおこった。


***


およそ410年前、伊達藩水沢城下見分村(現在の岩手県奥州市水沢区福原)の領主で
後藤寿庵(じゅあん)という侍がいた。
彼は慶長元年長崎で洗礼を受けキリシタンとなり、慶長16年支倉常長を通じて伊達政宗に仕え、
水沢城下に1200石を給された。
寿庵は「洗礼者ヨハネ」の意であった。
寿庵は見分村の原野を開墾し現在に残る大規模な灌漑用水路をつくった。
まるで「荒野のヨハネ」を想起させるエピソードだ。


土地のキリシタンの民たちには
「汝の隣人を愛せよ、祝福せよ」の教えはなかなか染みこまなかった。

民たちに染みいった言葉はこれだ…「褒めよう」
村では日々の暮らしのなかに「褒め」が圧倒的に欠乏していた。
「褒め」はまたたくまに民の心に染みこんでいった。


『月がにっこり笑ってる ほれ  
 茶柱しゃんと立っている ほれ  
 風が稲穂をゆらしてる ほれ  
 褒めて褒められ褒め褒めて  
 褒めが地球を ほれほれほれ 回してる

 重箱の四隅を褒めてみる ほれ
 四角い部屋を丸く褒め ほれ
 羊飼いの少年が空のとんびに手をふった ほれ
 とんびはくるりと丸く褒め ほれ
 褒めて褒められ褒め褒めて  
 褒めが地球を ほれほれほれ 回してる』

(伊達藩水沢城下に慶長年間から伝わる『ほめほめ音頭』より)


***


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3時間後マルは体内時計に促され、欠伸をして薄目をあけた。
マルは床に敷いたラグの上に寝そべっていた。
部屋にはビートルズ「アビー・ロード」B面の曲が流れていた。

彼女はキッチンで胡瓜とトマトを切っていた。
オリーブオイルへ塩・胡椒・醤油・レモン汁を加え風味を整えたドレッシング。
とてもシンプルなサラダだった。

彼女が座っていた椅子にいま座っているのは奇妙な男だった。
着物の胸にロザリオをさげた侍はこう言った。

「私が愛してるのは3つ。
 世界を祝福し褒めること。
 世界中の音楽に合いの手をいれること…ほれ。
 そして…ビールにとても良くあうサラダ。」


***


彼女はサラダをいれたたボウルをテーブルに置いた。

侍は自分の小皿に取り分けることなく、ボウルの中の胡瓜とトマトをフォークで串刺しにして
口に運んだ。
ワシワシと食べた。
ビールを矢継ぎ早に飲んだ。
ウグウグと飲んだ。

「ブハハハハ」

マルはまた欠伸をして聞いた。
「美味しい?」

「御意。ブハハハハ…」


彼女が言った。
「君にはやっぱりビールはいけないと思うの。猫なんだもん」

手には冷蔵庫からだしたサイダーの瓶をもっていた。

マルは慌てて叫んだ。
「開けちゃだめだ!」


彼女がサイダーの蓋を開けたときだ。
ポンッ。
瓶のなかからでてきたサイダーの精霊が言った。
「僕の仕事は3つ。
 世界を救うこと。
 世界を悲しみから開放すること。
 そして…世界中のげっぷを監視すること。」





NIAGARA TRIANGLE V0l.2 「A面で恋をして」



【註】


本作は架空まみれである勿論。

・ネコ(Wikipediaより)
ビール酵母サプリメントが好物であり、おやつ代わりに与える例もあるが、アルコールが入ってるビールを猫に与えるのは厳禁である。

・ 歴史上の実名の人物が登場するが内容は事実と架空のないまぜである。
端的に言うならば「ほめほめ音頭」は架空です。



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johncomeback

「ほめほめ音頭」 実在の民謡かと思いました(^^)ニコ
by johncomeback (2014-01-30 16:49) 

engrid

ほめほめ音頭、、
ほれの掛け声と一緒に、下駄をカランと鳴らすのよ
もちろん、両手を広げて、そして額にかざしてほれ、とな
by engrid (2014-01-31 01:52) 

DEBDYLAN

”ハートランド”美味いっすよね^^。
第3のビールでは”麦とホップ”絶賛愛飲中です^^;
赤が美味いんだよなぁ。

by DEBDYLAN (2014-02-01 00:37) 

カエル

長崎が出てきた。
ハートランド私も飲んでた。
とても近く感じて嬉しくなりました。
美味しいお酒飲みましたか?
飲めていますように…。
ホメホメ音頭好きです。
by カエル (2014-02-01 13:55) 

C_BoY

みなさん「nice!」、「コメント」ありがとうございました。
今年も残すところ11ヶ月…愉しくいきましょう。
by C_BoY (2014-02-01 18:58) 

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